- シーン1 健一の話
- 小学校の昼休み。悪がきどもの嬌声が聞こえる。
- 嬌声a
- 「すげー!」
- 嬌声b
- 「次おれやぞ!」
- 嬌声c
- 「そんなんずっこいわ」
- 嬌声d
- 「すげー全部見える!」
- 嬌声は遠ざかる
- 健一
- 僕、西田健一は西田健太郎と西田良子の息子である。
僕、西田健一は昼休みが嫌いだ。正直に言うと好きだけど嫌いって感じかな。うちのクラスの昼休みはほかのクラスに比べてすごく騒がしい。それは夏目君がいるからだ。夏目君は遊びの天才だ。今日、夏目君が考えた遊びは「全裸メガネ」。このメガネをかけると周囲の人間が全員真っ裸にみえるらしい。右手にメガネをもってドラえもんのまねをして夏目君が「全裸めがね」と宣言する。みんなあっけにとられた表情。夏目君はメガネをかけて周囲の女子を眺める。「おっぱいです。おっぱいです。おっぱいがいっぱいです」。もちろんそんなメガネあるはずないんだけど、夏目君がそういうとほんとに見えている風に聞こえる。男子が騒ぐ、女子も「やめてよ」とかいいながら夏目君の遊びに参加してる。僕一人本を読んでいる。僕、西田健一も全裸メガネがほしかった。
「全裸メガネ」。
- 嬌声a
- 「すげー!」
- 嬌声b
- 「次おれやぞ!」
- 嬌声c
- 「そんなんずっこいわ」
- 嬌声d
- 「すげー全部見える!」
- 嬌声は遠ざかる
- シーン2 健太郎の話
- 風呂上がりの西田健太郎が晩酌をいながらテレビをみている
- 健太郎
- 私、西田健太郎は西田良子の夫であり西田健一の父である。
私、西田健太郎はいま考え事をしている。それは最近妻が買ってきた体脂肪計についてだ。最初のうちは「へー」と感心するだけであったが、よく考えると、怖い。どうして握るだけで体脂肪が測定できるのか。
- 良子
- 「どうだっていいじゃない」
- 健太郎
- と、言われた。続けて妻が
- 良子
- 「だって、テレビがどうしてつくのかとか、電話の仕組みとか、飛行機が何故飛ぶのかとか、あなたちゃんと説明できる?」
- 健太郎
- 私がちゃんと理解できているのは自転車の仕組みぐらいなもんで、あとの科学技術について使うことはできてもその仕組みを理解はしていない。
- 良子
- 「あなただけじゃないわよ」
- 健太郎
- なるほど。確かに。科学技術に関してわれわれの社会は未知の領域に入ろうとしているのかもしれないな。理解することと、それを使用することの大きな隔たりが生じている。将来的に考えてもしかしたらこの隔たりが人類の運命を大きく左右することに・・・
- 良子
- 「そんなことよりもうすぐクリスマスでしょ。ポスト見てきてよ。今年は多分・・・多分、なんでしょう」
- 健太郎
- 私はポストに向かう。クリスマスの一週間まえ、息子はサンタさんに手紙を書く、そこにほしいプレゼントはなにか書いておく、そして玄関のポストに入れておく。サンタさん。つまり私はそれを呼んでプレゼントを買っておく。息子ももう小学五年生、そろそろ終わりにしてもいい年なんではなかろうか、と、私は考えるのだが、妻が許さない。こんな言い方なんだが、妻は息子の成長を恐れているようだ。少なくとも息子が思春期に突入することに不安を感じている。息子も息子でそんな妻の気持ちを察してか、やけにがき臭い。幼い。大丈夫かな。そんなことを考えながら、玄関のポストを開けた。紙が一枚はいっており。そこに一言、
「全裸メガネ」
- 嬌声a
- 「すげー!」
- 嬌声b
- 「次おれやぞ!」
- 嬌声c
- 「そんなんずっこいわ」
- 嬌声d
- 「すげー全部見える!」
- シーン3 良子の話
- 夫婦の寝室。健太郎の寝息が聞こえる
- 良子
- 私、西田良子は西田健太郎の妻であり西田健一の母である。
私、西田良子の夢は陶芸教室を兼ねた喫茶店を開くことである。そのためにいろいろ準備をはじめている。息子をごく自然な勉強好きに育て国立大にいかせる。不意な出費を防ぐために家族の健康管理に気を配る。そうやって月づきすこしづつ、けれど確実にお金をためてゆく、計算によると50代の後半にはまとまったお金ができるはず。
- 健太郎
- 「そんなことしたってインフレでぱーだよ。」
- 良子
- だから男は嫌いだ。ちょっと難しい言葉を何気につかってなにをアピールしたいんだ。夫の本音はわかってる。二人目がほしいのだ。そのことについては何度も話し合った。でもこんな時代だし、行先き不安だし、あなたの会社だっていつどうなるかわからないし、などなど理由をつけて私は反対をしている。夫もうすうす私の本音に気がついている。将来の夢のために反対してることに気がついている。でも、それってそんなにわがままなことかしら、だって私の人生よ。私の都合で決めてなにがいけないっていうの?けれど最近悩みはじめた。息子に妹が欲しいと言われたのだ。妹、女の子か・・・。健一も再来年には中学生、だんだん男くさくなっていくんだろうな、エッチな本とか部屋でみつけたら、私はどんな反応をすればいいのか。女の子か・・・。
- 健太郎
- (寝ぼけながら)「いまだめ」
- 良子
- 「ちょっと、あなた」
- 健太郎
- (寝ぼけながら)「もうちょっと、もうちょっと、みさせて」
- 良子
- 「は?」
- 健太郎
- (寝ぼけながら)「すげー」
- 良子
- 「なにがすごいの?」
- 健太郎
- (寝ぼけながら)「全裸、めがね」
- 嬌声a
- 「すげー!」
- 嬌声b
- 「次おれやぞ!」
- 嬌声c
- 「そんなんずっこいわ」
- 嬌声d
- 「すげー全部見える!」
- シーン4 老店主の話
- 怪しげな音楽。ここは駅前にあるアダルトジョプの店内。
- 老店主
- 私、谷村信司はアダルトショップ「リフレッシュ」の店主である。
私、谷村信司はここに店をかまえもう三十年になる。
いろいろありました。いろんな人が来ました。いろいろあったけど、いい?全部しゃべって大丈夫?これラジオなんでしょ?あのねこーゆう商売長くやってると、普通の人がびっくりするようなこと平気で口にしちゃうようになって、タブーとか、ないよ、俺には。・・・。あ、っそう。じゃあやめとこう。またの機会に。
とにかく、三十年。ここで商売やってて、あんなことは初めてだったね。
- 「全裸メガネください」
- 「全裸メガネください」
- 「全裸メガネください」
- 「全裸メガネください」
- 「全裸メガネください」
- 老店主
- 最初にやってきたのは三十代後半、男性、夕方ごろに私服でやってきたから、公務員、いや、学校の先生かな、「全裸メガネください?」って、「なんですかそれ」「かけると全裸なるんです」「だれが?」「だから、見られた人が」「・・・自主的に?」「違う!そのメガネをかけると全部全裸にみえるんです!」。馬鹿だと思ったね。そんなメガネあるわけないじゃないか、テキトウに相手しておっぱらったけど、おんなじようなのが次々くるんだ。三人、五人、七人って、どんどん増えてゆく。
「全裸メガネ、ですか?」
- 健太郎
- 「・・・、はい。」
- 老店主
- 「どこで、お知りなったんですか?」
- 健太郎
- 「・・・、知り合いに教わって」
- 老店主
- 「なるほど」
- 健太郎
- 「あるんですか?そんなメガネ」
- 老店主
- あまりに真剣だったから、俺は大きく息をすって重々しく言ってやったんだ。「あります」。
- 健太郎
- 「いったい。どういう原理なんです?」
- 老店主
- 「NSAの・・・」
- 健太郎
- 「NSA!」
- 老店主
- 「最先端技術に、古代アステカ文明の・・・」
- 健太郎
- 「聞いたことがります!古代アラスカ文明では非常の高度な医療技術があって」
- 老店主
- 「アステカね」
- 健太郎
- 「そして見るという行為は目で光りをうけ視神経を通じて脳内で行っているんですよね。現代のNSAが誇る光子量学と古代アラスカ文明が誇る人体の深遠に関する驚くべき知識!この二つがダッグを組めば・・・」
- 老店主
- 「そう、あたかキムチにごま油の如く」
- 健太郎
- 「よくあいますねー。」
- 老店主
- 優しくって少し馬鹿とはまさにあーゆうやつなんだろうね。お金とると詐欺になるから結局ただでくれてやったよ。そしたら喜んでね。子供みたいな顔して礼を言うんだ。あれで社会人、もしかしたら子供もいるかもしれないんだから、どうなるんだろうね。日本は。
- 健太郎
- 「プレゼントなんでつつんでもらいえませんか?」
- 老店主
- もうすぐクリスマス。あんなの誰にプレゼントするんだろ
- 「全裸メガネ」。
- 嬌声a
- 「すげー!」
- 嬌声b
- 「次おれやぞ!」
- 嬌声c
- 「そんなんずっこいわ」
- 嬌声d
- 「すげー全部見える!」
- シーン5 小此木かづえの話
- 夕暮れの公園。豆腐屋さんのラッパの音が聞こえている。
- かづえ
- 私、小此木かづえは主婦である。
私、小此木かづえは西田さんとはお隣さんである。
だからそのときなぜか胸がはっとして声もかけられず、じっと見ていたんです。夕方の四時ごろ、私は買い物帰りでこの公園の横を歩いていたら、西田さんちの健一くんがいたんです。それで、その健ちゃんの目線の先に目をやったら、金木犀とゴミ箱の間になにやら人影が見えるんです。なにかしらと思ってよくみたら、西田さんちのご主人じゃありませんか。すぐそばのベンチにはくしゃくしゃになった紙とハコがおいてあって、ご主人ったら変なめがねをかけててね。公園のフェンス越しに道行く人をじろじろみてらっしゃるの。そのうちひどく落胆なさった様子で、首を横に振ったかと思うと、そのメガネをはずしてゴミ箱に放り投げたの。で、次の瞬間、ご主人が歩き出そうとしたときに健ちゃんとご主人の目が会ってね、健ちゃんの目にみるみる涙がこぼれて、ご主人が慌てて、「違う、違うんだ」っておっしゃって、健ちゃんは何も言わず走り出して、ご主人は慌てて追いかけて。私、声もかけられなかったわ。
しかしご主人なにをなさっていたのかしら。
- 嬌声a
- 「すげー!」
- 嬌声b
- 「次おれやぞ!」
- 嬌声c
- 「そんなんずっこいわ」
- 嬌声d
- 「すげー全部見える!」
- シーン6 ポチの話
- クリスマスイブのよる。それぞれの家庭の団欒の聞こえる。
- ポチ
- 我輩は猫である。名前はポチ。我輩は日本中をめぐる旅猫であったが、ここの主人西田健太郎ウジと縁あってしばらく厄介になることにした。しかるに人間とは奇怪な生き物である。我輩しばしこの家の住人を観察してきたが、その言動たるや、まことに奇怪。首をひねりて世の不可思議に深くため息をつくものなり。いやいや、順をおって述べよう。
その夜は人間たつには特別の夜らしくどこの家でも遅くまで明かりをともし騒いでおった。しかるにわが西田家はそのまるで逆、健太郎ウジもご子息も奥方もみなイヌの如くうなだれて二言三言言葉を交わすだけである。これはおかしい。そうそうに明かりはけされて一家はねてしまったようだが、このあとがおもしろい。まず健太郎ウジがご子息の部屋にはいった。それをおって奥方がご子息の部屋の前まで来て扉に耳をあてる。ご子息の部屋の中でなにやら言い争っていたが、それも静まり、今度はうれしげな声がなかからもれ聞こえてきた、
- 健太郎
- 「健一はおっぱいすきか」
- 健一
- 「うん。大好きだよ。パパは?」
- 健太郎
- 「もちろん好きさ。」
- 健一
- 「ぼくね。おっぱいと看護婦さんが好き」
- 健太郎
- 「はははっ、オーソドックスなやつだな」
- ポチ
- 先ほどまでの言い争いがふいに親しげな会話に変わっているのも不思議だが、その会話がまた不思議なり。「健一はおっぱいすきか?」などとは普段の西田家では考えられない発言、しかも大声である。つづく「おっぱいと看護婦さんが好き」とはなんたる日本語か!ご子息幼少故それを許すとしてもすでに三十路をこえたる健太郎ウジまでも「オーソドックスなやつだな」とは、これ如何に?とまれ。ことの本質はそこにあらず。このようなこと親しげに話すとは何たる親子か!
- 健一
- 「でもママはおっぱいちいさいと」
- 健太郎
- 「だからパパはママに満足はしていないよ」
- 健一
- 「そんなこと言っていいの」
- 健太郎
- 「もちろんママには内緒だよ。でもね健一。おまえもおっぱい好きならこれだけは覚えておくんだよ」
- 健一
- 「なに?」
- 健太郎
- 「満足なんて、永遠にしない」
- ポチ
- あほなり。あほうなり。知識と理屈は一人前ながらそれを処世の術として使いこなせていないのがわが敬愛の西田健太郎ウジなり。扉の向うにありし奥方、たちまち顔色をかえそのまま部屋に殴りこむかと思いきや、意外や、我輩の前に立ちてこうのたまう。
- 良子
- 「もういや。もう、やっぱり、女の子がほしい。陶芸教室はもうあきらめる。やっぱり二人目がほしい!」
- ポチ
- 自身の容姿をけなされてやっぱり二人目がほしいとはこれ如何?陶芸教室あきらめるとはなんであろうか?いやはや、人間とは奇怪なり。
- 我輩をいたくかわいがってくれし主人あり、その主人がもしこの話をきけば、それにて一編の小説になすであろう。
その主人のことを思いて外をみやれば、
外は雪なり。
人の世の移り変わりを思いてしみじみそれをみる。
あぁ、明治は遠くなりにけり。
ってかんじか
ニャー。
- おわり