- そこは某国、サンタクロースのおもちゃ工場に隣接する事務所内。
ルドルフ、ダッシャー、ブリッツェンの三匹のトナカイが既に集まっている。
- ルドルフ
- 結局、なんなんだろな。
- ダッシャー
- 何が。
- ルドルフ
- クリスマスって。
- ブリッツェン
- え、ルドルフは知らないのクリスマスが何かって。
- ルドルフ
- じゃあキミ達は知ってるっていうの。
- ダッシャー
- 当たり前だろ、知らなくてこんな事毎年やってらんねーよ。
- ブリッツェン
- イエス・キリストがお生まれになった日だよ。
- ルドルフ
- そんな事はわかってる。
- ダッシャー
- じゃあ聞くなよ。
- ブリッツェン
- そうだよ。
- ルドルフ
- キミたちって、ほんとうにお馬鹿さんだね。
- ダッシャー
- 馬鹿って言うな。俺達、一応、鹿の一種なんだから。
- ブリッツェン
- いいの、ルドルフは特別だから。
- ダッシャー
- 何が特別なんだよ。
- ブリッツェン
- ルドルフは世界一有名なトナカイだもん。
- ダッシャー
- 鼻が赤いからな。
- ブリッツェン
- だけじゃないよ。ルドルフはいつだって胸張って先頭を進んでくだろ暗闇の中だって、霧の中だって吹雪の時だって。鼻が赤いから有名なんじゃなくて勇気のあるトナカイなんだよ。
- ダッシャー
- じゃ言わせてもらうけどな、ルドルフでなくたって先頭ぐらい走れるってんだ。
- ブリッツェン
- そんな事ないよ。
- ダッシャー
- そんな事あるの。こいつが来るまでオレが一番手でソリ引っ張ってたんだから。
- ブリッツェン
- え、そうなの?
- ダッシャー
- そうさ。サンタの親父が、こいつが赤鼻赤鼻ってイジメられてんのに同情して、そり引きにスカウトするまでな。
- ブリッツェン
- 本当にそうなの?
- ルドルフ
- そうだよ、ブリッツェン。
- ブリッツェン
- でも、ダッシャーが先頭だとボクはやっぱり安心できないな。
- ダッシャー
- なんだと。
- ブリッツェン
- だってスピード狂なんだもん、ソリがひっくり返っちゃうよ。・・・やっぱ先頭はルドルフでないと、ね。
- ルドルフ
- オレ、今年はツアーに参加しないかもしれない。
- ブリッツェン
- ええ?
- ダッシャー
- ・・・自分が何言ってんのかわかってんだろうな、ルドルフ。
- ルドルフ
- ああ。
- ダッシャー
- どういう事なんだよ。
- ルドルフ
- 痛いんだけど。
- ダッシャー
- どこが痛いんだよ仮病かよ、見損なったぜ、ルドルフ。
- ルドルフ
- じゃなくて少し離れてくれ、お前のトガらせた角が、オレの眉間に食い込んでる。
- ダッシャー
- あ、すまん。
- ルドルフ
- いや。
- ダンサー
- こんばんは。
- 扉が開き、メスのトナカイのダンサーが現れる。
- ブリッツェン
- ダンサー姉さん!
- ダンサー
- ブリッツェン久しぶり、元気してた?
- ブリッツェン
- はい。
- ダッシャー
- 引退して普通のママになったのかと思ったぜ、ダンサー。
- ダンサー
- 私がいなくて寂しかったんでしょ、ダッシャー。戻ってきてあげたわよ。
- 安田
- ママになったのに、姉さん、相変わらずお美しいですね。
- ダンサー
- まあ、ありがと。今年のツアーに備えて毎日走りこんでたから。
- ダッシャー
- 本当に戻る気かよ。
- ダンサー
- ええ本当に戻る気よ、だから来たのよ。・・・ねえ、ルドルフ、チラッと聞こえちゃったんだけど、どう言う事なのツアーを抜けるって。
- ルドルフ
- ええと・・・まあ色々考えた結果そうしようかと思って。
- ブリッツェン
- ね、ルドルフはクリスマスが何かよくわからないってさっき言ってたけど去年の事件と関係あるの?
- ダッシャー
- おいブリッツェンその話はよせよ。
- ブリッツェン
- だってそれ以外に考えられないじゃない。
- ダンサー
- ダッシャー、私の事は気にしないでいいわ。
- ダッシャー
- いや、でも。
- サンタ
- いいの。プランサーもそり引いてる時に死ねたら本望だっていつも言ってたんだから。
- ダッシャー
- けど撃たれたんだぜ。そんなのちっとも本望なんかじゃねーよ。
- ブリッツェン
- ダッシャーこそ言いすぎだよ。
- ダンサー
- いいんだってばブリッツェン。こういう辛い話は一度傷口を開いて消毒しなくちゃいけないの。ちょっとくらい痛くても私は平気よ。
- ルドルフ
- オレ、去年プランサーの事件があってから、クリスマスって一体何なんだろうってずっと考えてたんだ。愛する家族や恋人がいて、楽しく過ごせるならいい、でも孤独な人はどうだ?クリスマスって聞くだけで身を硬くする。周りの者たちは幸せなイルミネーションに包まれ、自分一人不幸な闇に残された気分になる。「クリスマスが何だってんだ、みんな浮かれやがって」って、その敵意がプランサーを撃ち抜いたんじゃないかな。
- ダッシャー
- お前、怖いんだろ。
- ルドルフ
- そりゃあ怖いさ。僕は世界一有名なトナカイだからね。撃った野郎は本当はオレを狙ってたのかもしれない。
- ブリッツェン
- けど、僕たちを信じて待ってくれている子供たちだっているんだよ。
- ダッシャー
- そうだよ、僕達を待ってる人が居る限り、僕達はサンタの親父と力合わせて頑張らなくちゃいけねーんだよ。
- ルドルフ
- どうして人間の為にそこまでやる必要がある?
- ダッシャー
- ああ、もう、イライラして角の先がカユくなってきたってんだ。抜けたきゃ、抜けろよ。この臆病者。
- ブリッツェン
- そんな突き放すような事言っちゃいけないよ。ダッシャーが悩んでる時は優しく聞いてあげたでしょ。
- ダンサー
- へーえ、ダッシャーでも悩む事あるんだ。
- ダッシャー
- そりゃあな。もっとも去年まで脳ミソも筋肉で出来てるつもりだったけどよ。ダンサー・・・本当にすまない。お前たち、赤ん坊も生まれたばっかりだってのに、オレなんか独り者だしよ、どうせならオレが死ねば良かったんだよ。本当にすまねえ・・・。
- ダンサー
- ありがとう。ダッシャー。でもね、もしもダッシャーが死んでプランサーが生き延びていたらこう思うと思うの。「俺はダンサーってとびっきりキュートなメスに出会えて、子供まで授かった。充分人生で幸せを味わったオレが死んだ方が良かったのに」ってさ。
- ブリッツェン
- そうだね、もしダッシャーが死んでたら僕だってきっとそう言うよ。
- ダッシャー
- ガキが、偉そうになに言ってんだ。
- ブリッツェン
- ガキだけど、彼女は居るもんね。
- ダッシャー
- え、マジかよ?
- ブリッツェン
- 今日だって、「いってらっしゃい、チュッ」ってしてもらったもんねー。
- ダッシャー
- くそー、このマセガキがぁー。
- ダンサー
- ね、ルドルフ。あんたみたいに勇敢なトナカイが怖いなんてウソだろ。
- ルドルフ
- いや・・・。
- ブリッツェン
- そうだよ怖いなんてウソだよね?
- ルドルフ
- いっその事、このツアーは無くなってしまった方がいいのかもしれない。
- ダッシャー
- ルドルフ、お前な・・・。
- ブリッツェン
- どうしてなの?どうしてそんな事言うのさ。
- ルドルフ
- クリスマスってのは、キリストさんのバースデイだってのはブリッツェンもさっき言ってたよね。
- ブリッツェン
- もっと知ってるよ。人間たちの罪や過ちを全部背負ってくれたイエスキリストに感謝する日。そしてサンタさんは、昔はニコラスっていう名前で、クリスマスの日、お金がなくて困ってるお家に金貨を投げ入れたんだ。それからクリスマスにはプレゼントをやりとりするようになったんだ。
- ルドルフ
- 自分の事ではなく、人を思いやり、そして感謝する。そんなクリスマスを過ごす人間が今どれくらい居るんだろう。シャンパンにケーキに七面鳥にプレゼント、いたるところで偽のサンタが物を売りつけて、それが無きゃ幸せじゃないって気にさせる。そして幸せじゃないどっかの誰かがプランサーを撃った。違うか?
- ダッシャー
- そうなんだけどよ。お前の言ってる事は実際、そうかもしれないけど・・・、
- ブリッツェン
- ねえ、ダンサー、何とか言ってくれよ
- ダンサー
- なんとか。
- ブリッツェン
- ダンサー・・・。
- ダンサー
- ウソウソ。・・・だからこそなのよ。
- ブリッツェン
- え?
- ダンサー
- プランサーの事があったからこそ私はツアーに出かけようと思ったの。人の為に老体にムチ打って夜をかけまわるサンタがいて、それをささえる私たちがいる。私にとってそれが正しいクリスマスの過ごし方だって思ってるの。
- ブリッツェン
- そうだよね。
- ダッシャー
- そうだそうだ、オレも上手くは言えないけどよ。右の頬を打たれたら、左の頬を差し出せってキリストさんは言ったんだろ。プランサーを撃った大馬鹿野郎に負けたくねーんだよオレは。
- ルドルフ
- キミ達って本当にお馬鹿さんだね。
- ブリッツェン
- もう、わからずや!ルドルフこそ自分の事しか考えてないじゃんか、そんなルドルフなんかそんなルドルフなんか大嫌いだよ、好きだったけどもう嫌いだよ、どこへだって行けばいいんだ、クリスマスのない場所へ一人で行っちゃえばいいんだ。
- そこへサンタが現れた。
- サンタ
- ブリッツェン、そんな風に考えの違う者を責めてはいけないよ。
- ブリッツェン
- サンタさん・・・。
- ルドルフ
- 今の話、お聞きになりましたか?
- サンタ
- ああ、しっかりとな。
- ブリッツェン
- だったら何とか言ってくださいよ。ルドルフはみんなの思いを馬鹿にしたんです。冗談ではなくて、本気で。
- サンタ
- まあ、まあ、落ち着けブリッツェン。ルドルフはワシの為に一芝居うったんだよ。
- ダンサー
- え・・・どういう事なの?
- ルドルフ
- ごめん、みんなのやる気を確かめたくて。
- ダッシャー
- へ?
- ルドルフ
- 今回のツアーは、今までになく過酷になる。メンバーはこれだけしかいない。いつもの半分以下だ。サンタの親父さん、去年のこともあって、すっかり弱気になっててね、今回はツアーを中止しようって言い出したんだ。
- ダンサー
- これだけって、コメットやキューピッドやヴィクセンは?
- ブリッツェン
- ドンダーも来ないの?
- ルドルフ
- ああ。
- ダッシャー
- くそ、どいつもこいつも臆病風に吹かれやがって。
- サンタ
- さっきも言ったろう。来なかった仲間を責めてはいけないよ。みんな色々考えて不参加を決めたのだからね。
- ブリッツェン
- でも・・・少なすぎるよ。
- ルドルフ
- 今からでも遅くはない。ツアーに行きたくないなら言ってくれ。
- サンタ
- そうじゃよ、無理する必要はないんだから。
- ダンサー
- 私は行くわ、例え私一匹でもね。
- ダッシャー
- もちろんオレだって行くさ。
- ブリッツェン
- ボク、みんなみたいに体力もなくて半人前だけど、迷惑かけるかもしれないけど、行きたいです。
- サンタ
- ありがとう、ありがとう、みんな。
- ルドルフ
- じゃあ、みんないってらっしゃい。
- ダッシャー
- はい?
- ダンサー
- マジ?
- ブリッツェン
- ええー?
- ルドルフ
- 行くに決まってるだろ、・・・オレの鼻は闇を照らす為に赤いんだから。
- サンタ
- さあ、今年も張り切って出発じゃ。
- トナカイ一同
- オウ!
- と4匹と一人は出かけて行く。
- 終了