キンコーンと、一応チャイムを鳴らしてみた
ヒナ
あ。鍵、預かってたんだ。
ガチャリと開けた
ヒナ
ごめんくださーい・・・
返事はない
ヒナ
あ。勝手に入ってよかったんだっけ・・・えーと、それから・・・いっぺんに言われると、分からないのに・・・
レコードかしら、どこからか古い音楽が聞こえている
ヒナ
奥から、二番目。
そのドアを開けると、さっきのレコードの音楽が大きくなった
ヒナ
あの、
いらっしゃい。
ヒナ
お邪魔、します。
はい、どうぞ。
ヒナ
あ、う、あの、私、あの、今日、えー・・・お孫さんから・・・
ええ、ええ、はいはい。小さなお嬢ちゃんから聞いてますから。
ヒナ
じょ、嬢ちゃんって、
あら、そうね。もうお年頃よねぇ。あなたも。
ヒナ
え?
ヒナちゃん。嬢ちゃんと同い年なのに、いいの?
ヒナ
いや、あ、たしは、ヒマのヒナってあだ名があるくらいで。
あらあら、駄目よ。お年頃なのに。
ヒナ
いいんです。ほんとに。あ。
はい。
ヒナ
バイト。
ええ、そうね。
ヒナ
どこにあるんですか?
その、引き出しの中。
ヒナ
ああ、これ。
キレイでしょ。
ヒナ
う、あ、へぇ、きれいな、ロウソク。
キャンドル。
ヒナ
あ。ごめんなさい。
その台に刺してね。
ヒナ
もう火、つけていいですか?
まだ。
ヒナ
まだ?
そう、お日様がね、沈むと同時に。
ヒナ
はぁ。
それから、日付が変わるまでね。
ヒナ
はぁ。
変わり者。
ヒナ
え?
嬢ちゃん、そう言ってなかった?
ヒナ
あ、う、え、あ、はい。あっ、すみません。
いいのよ。
ヒナ
でも、そんな変わり者なんかに見えませんよ。ほんとに。
ほら。
ヒナ
え?
日没よ。火をつけて。
ヒナ
え、あ、はい。
婆に言われてヒナはマッチをすった マッチの火薬の香り
好きだわ。マッチの香り。去年まではね、ああ、電気消してちょうだい。キャンドルの灯りだけのほうが素敵でしょ。
ヒナ
あ、はい。
去年まではね、こうやってみんなで過ごしてたの。毎年同じ話しかしてないけど。
ヒナ
話?
不思議でしょ?どうしてこんなキャンドル灯しているのか。
ヒナ
はぁ。でも、消さないように見ておくんですよね?えーと、12時まで。
そう。絶対に消しちゃいけないの。なぜか?
ヒナ
なぜか?
そのお話よ。レコードの音、もう少し上げてちょうだい。
ヒナ
あ、はい。
それは私がねぇ、嬢ちゃんやヒナちゃんよりも、もうちょっと若い頃よ。
ヒナ
青春?
いやぁね。そんなんじゃないけど、そうね、そうかもしれない。いまだに続けているんだもの。
レコードの音楽が少しづつ大きくなって洋モノもいいけれど、美空ひばりの東京キッドなんていいかもしれない
初めてね、くりすます、なんて言葉を知った時のことよ。そりゃあ、かるちゃーしょっくって、感じだったかしらねぇ。
レコードの音が、古い音から鮮明な音に変わって、婆の記憶のお話が始まる
昔の街もきっとにぎわっていて、人々の声
昔の汽車の音
出発してゴトンゴトンと車輪が動く
カツンカツンとヒールを鳴らして少女が走る
少女
もう!
ゴトンゴトン、どうやら少女は汽車に乗り遅れたみたい
少女
それ乗りたかったのに!ちょっとくらい待ってよねー!ケチンンボ!
もう、駅には人は少なくて、さっきまでの賑わいもない
少女
はぁ・・・
と、両手に息を吹きかけてみた
少女
さむ・・・次の列車が・・・
と、時刻表を見た
少女
あらぁ。あと30分もある・・・嫌だなぁ。お家に帰るのが遅くなっちゃう。さむーい・・・はぁ・・・!
手をさすりさすり、そしてもう一度大きく息を吹きかけた
少年
だぁっっ!こら!
少女
ひっ。
少年
し。
少女
・・・ごめんなさい・・・
少年
しー。
少女
・・・
少女はしばらく少年を眺める
少年
南東からの風、防御。雨よーし、雪よーし。む、北北東からの風。防御。
少女
あのー、
少年
静かに。息を吹きかけないで。出来るだけ、そろりと。
少女
そろりと?
少年
そう、息を止めるみたいに話しかけて。
少女
難しいです、それ。
少年
じゃ、口閉じてなさい。
少女
何やってるんですか?
少年
だぁっっ!こら!
少女
あら。
少年
え?
少女
消えそう、そのキャンドル。
少年
防御、防御、酸素を出来るだけたくさん、たくさん。
少女
ゆら、ゆら、ゆれてきれいね。ああ・・・
少年
ああ、やっと安定した。
少女
長細い、これスタイルのいい炎ね。
少年
絶対消しちゃいけないから。
少女
なぁぜ?
少年
知らない?そっか、知らないか、普通は。
少女
どうして?
少年
・・・
少女
なぁに?
少年
おしゃべりだね。
少女
ごめんなさい。そうね、あんまり上品じゃないわね。知らない人に、
少年
いいんじゃない。
少女
そうよね、そんな時代になるんですもの。
少年
荒いよ。
少女
なぁに?
少年
鼻息が。
少女
失礼ね。
少年
今日の0時までね、消しちゃいけないから。
少女
そんなお仕事ですの?
少年
仕事っていうか、使命。
少女
毎日?
少年
今日だけ、特別。
少女
今日が特別?
少年
0時になったら吹き消す。それまで絶対消しちゃいけない。雨からも風からも雪から全てのものから守る。
少女
それがどうなりますの?
少年
毎年どうしていつもクリスマスが迎えられるか知ってる?僕が毎年こうやってこの炎を守っているから、だから無事クリスマスがやってくるわけ。この炎が灯っているから、サンタは安心して町に降りてこられるってこと。0時には消して、サンタの姿を闇に隠さなきゃいけないからね。
少女
くり?
少年
まさか。
少女
すま?
少年
知らないの?
少女
なんですの?
少年
駄目だよ、世界をもっと知らなきゃ。海の向こうの、習慣、かな。
少女
要するに、もっと簡単に。
少年
よーするに、んー、安全の灯りっていうとわかりやすい?
少女
ああ、その炎が平和の炎なんですね?じゃあ、大変。消えると世界が終わってしまうじゃありませんか。
少年
ぷぷ。そんなとこ。
少女
なら、0時まで消さないようにお手伝いします。
少年
いいよ。
少女
なぁぜ?
少年
今日は家で過ごさなきゃ。
少女
そうなの?
少年
そういう日だから。
少女
知らないことが、まだまだたくさん。なんだか、楽しそう。明日はもっと楽しくなりそう。
素敵ね。知らないことを知るって。次の、列車が来るまで。
少年
もっともっと広まるよ。
少女
え?
少年
未来のこと。
ゴトン、ゴトン、列車が駅にやってくる
キキーと油のきいてない車輪がきしむ
少年
来たよ。
少女
ええ、次の列車まで。
鮮明な音楽はやがて、もとの古びたレコードの音へと次第に変化して
次の列車、また次の列車、結局、0時までねぇ。
ヒナ
やっぱり青春。
おじいさんが生きてるころは内緒でね、このキャンドルをね。
ヒナ
え?違う人と?
それっきりだったもの。そのかわりに、
ヒナ
このキャンドル。
次からのクリスマスを守るのは君だって、ねぇ。嬢ちゃんなんかはね、この話をすると、騙されたんだって言うの。
でもねぇ、そんなふうに考えるの、私寂しいから。あ。駄目ねぇ、そろそろだわ。
ヒナ
はい?
キャンドルをこっちへ。
ヒナ
え?
こっちへ。
ヒナ
こう、ですか?
ええ、もう少し近づけてね。
ヒナ
はい。
ああ、その炎が平和の炎なんですね?じゃあ、大変。消えると世界が終わってしまうじゃありませんか。
ヒナ
え?
消えるのはねぇ、きっと私の世界だけね。
と、婆はそのキャンドルの炎を吹き消した
「ふう」
ヒナ
あ・・・!
おわり