- ボク
- 2003年12月24日、午後3時、ボクの部屋は、かつてないくらいピカピカに磨き上げられていた。テーブルにはキャンドル、冷蔵庫にはシャンパン、ベッドはノリのきいたシーツ。ステレオにはラブソング。もうすぐ、ケーキを持ってマリちゃんがここにやってくる。そしてプレゼントは…。
- チャイムの音
- ボク
- マリちゃんだ。はーい今開けます。
- 戸を開ける。ガチャリ。
- 先輩
- リュウちゃん、耳掻きかして。
- ボク
- あわわ。
- 先輩
- おい、なんで閉めんだよ。おーい、リュウちゃん。
- ボク
- うっわー、サイアクだ。
- 先輩
- 開けろっつってんだよ。コラ!
- ドンドンドン。
- ボク
- 開けますよ、開ければいいんでしょ。
- 戸を開けるボク。
ドアは、先輩のおでことごっつんこ。
- 先輩
- イテッ!!
- ボク
- あ。
- 先輩
- 「あ」じゃねーよ、イテーだろ。
- ボク
- 先輩が開けろって言ったから。
- 先輩
- 口答えすんの。
- ボク
- すみません。耳掻きですよね。ちょっとそこで待っててください。
- 先輩
- 中、入れてよ。
- ボク
- …いや、だからちょっと勝手に、
- 先輩
- すげえ、片付いてんじゃん。なんで、どうして。
- ボク
- ええと、いや、なんとなく。
- 先輩
- へーえ、アタシの部屋と同じ間取りとは思えないよな。
- ボク
- 先輩んとこは散らかりすぎですよ。貸した耳掻き、何本目だと思ってるんですか。
- 先輩
- そんな細かい事覚えてらんないもーん。
- ボク
- はい耳掻き。はい帰った帰った。
- 先輩
- また無くすとアレだし、ここでやって帰る。
- ボク
- いいです、いいです。耳掻きの十本や二十本、先輩に差し上げます。だから帰って。
- 先輩
- 誰かくんの?
- ボク
- い、いえ。
- 先輩
- 女。
- ボク
- …はい。
- 先輩
- へーえ。
- ボク
- わかったら、もういいでしょ、はい、帰って、自分のお部屋で耳掃除してください。
- 先輩
- なに、もう、冷たいなあ、リュウちゃんたら。
- ボク
- わー、ベットに座るな、耳クソ床に捨てるな。いくら先輩でもキレますよボク。
- 先輩
- そうピリピリすんなって、マーキングマーキング。
- ボク
- なんのマーキングですか、誰の為のマーキングですか。またコロコロカーペットしなきゃ、マッタクもう…
- コロコロカーペットをかけるボク。
- 先輩
- リュウちゃんお茶。
- ボク
- 冷蔵庫に入ってますから、自分で勝手に飲んでください。
- 先輩
- はーい。
- ボク
- 言っとくけど、ペットボトルから口のみしたら、コンビニダッシュですからね。
- 先輩は冷蔵庫を開ける。
- 先輩
- あ、何だこれ。
- ボク
- シマツタ!林葉竜之新、一生の不覚。先輩、それはぁぁぁぁ、
- ポン、と勢いなくシャンペンがあく。
- 先輩
- メリー・苦しみマス、なーんつって。ハハハ。
- ボク
- 何がおかしいんですか。ボクがマリちゃんと、初めての夜に、二人っきりで、祝杯をあげる為に買ったシャンパンを、なぜなんですか、先輩は。なんでそんな酷いことするんですか。
- 先輩
- そんな顔白くして怒んないでよ。わかった、わかったって、コンビニダッシュしてシャンペン買って来てやっから。
- ボク
- コンビニなんかじゃ買えませんよ。それ、いくらしたと思ってるんですか。
- 先輩
- んなセコイ事言うなって。折角開けたんだし、まま、一杯。
- ボク
- 飲みません。何でもいいから帰ってください。今、すぐ。
- チャイムの音
- 先輩
- お、来たよ、愛しのマリちゃんが。
- ボク
- 気安く呼ばないでください。いいですか、すぐに帰ってくださいよ。
- 先輩
- はいはーい。
- ボク
- いらっしゃい。
- マリ
- おじゃまします。ごめんね、ケーキ屋さんが混んでて遅れちゃった。
- 先輩
- マリちゃん、ようこそいらっしゃいませ。
- マリ
- こんにちは。…ええと?
- ボク
- この人は何でもないから、ただのバイト先の先輩。
- マリ
- そうなんだ、はじめまして。
- 先輩
- はじめまして。先輩の有田です。
- ボク
- さ、先輩、用事済んだんでしょ。今、帰るとこだったんですよね。
- 先輩
- あれ、そうだったかな。
- マリ
- 林葉君の先輩なら丁度良かった。もし良かったら居てくださいよ。
- ボク
- あのねマリちゃん?
- 先輩
- 居ていいなら、もう少し居ようかな。
- ボク
- 先輩。
- 先輩
- いやあ、リュウちゃんには勿体無いくらい別嬪さんの彼女だね。二人、どこで知り合ったの。
- マリ
- 友達の紹介で。でもあたし達、そんなんじゃないから。ねー(ボクに向かって)。
- ボク
- ハハハ、ボクはそんなんになりたいかなーって…。
- マリ
- ヤダ、林葉君たら。冗談ばっかり。
- 先輩
- ヤダ、林葉君たら。冗談ばっかり!
- ボク
- ハハハ冗談冗談…。
- マリ
- 林葉君って、ブランド品のディスカウントショップでバイトしてるって言ってたでしょ。
- ボク
- うん。
- マリ
- 早速で悪いんだけど、本物か偽物か見てもらいたい物があるの。
- ボク
- 何。
- マリ
- これなんだけど。
- 先輩
- 腕時計、ビルガリじゃん、高いよこいつは。
- ボク
- それマリちゃんが欲しがってたやつ、なんで、どうして。
- マリ
- クリスマスプレゼントにもらったの。
- 先輩
- カレシ~?
- マリ
- 一応。けど相当遊んでたっぽい人なんです。今はマリしか見えない、マジなんだって言ってくれるんだけど。なんだか不安で…。
- 先輩
- はっはーん。この腕時計が本物なら、彼氏の気持ちも本気だと、そういう事か。
- マリ
- はい。
- 先輩
- リュウ、何遠い目してんだ。
- ボク
- はぁ…。(小声で)ニセモノって言っちゃえよ、そうすりゃマリちゃんは、
- マリ
- なに、偽者なの?
- ボク
- い、いや悪魔の囁きが。よーく見せてみて…。
- マリ
- どうなの?
- ボク
- 彼の気持ちは…本物だと思うよ。
- マリ
- ホント?
- ボク
- ああ、間違いない。
- マリ
- 林葉君、ありがとう。私、今から彼と約束があるからもう行くね。このケーキ二人で食べて。
- 先輩
- いただきまーす。
- ボク
- 頑張って。
- マリ
- うん。バイバイ。
- ボク
- バイバイ…。
- マリちゃんは出て行った。
- 先輩
- 渡しそこなったな。
- ボク
- え。
- 先輩
- ビルガリの腕時計だよ。折角ローンまで組んで買ったのに。
- ボク
- 知ってたんですか。
- 先輩
- 馬鹿だねー。
- ボク
- 馬鹿ですね。
- 先輩
- リュウちゃんのはホンモノだったのにな。
- ボク
- ボクのは、って事は、え…。
- 先輩
- わかってて言ったんじゃねーの?
- ボク
- あれ偽物だったんですか。
- 先輩
- 秒針の動きが全然違ってただろ。ホンモノはもっとこう…、
- ボク
- マリちゃーん!!
- ボクは走って出て行った。
- 先輩
- 行っちまいやがった。あんな女のどこがいいんだよ、ちょっと可愛いツラしてるだけじゃん。…あーあ、アタシも渡しそこなっちゃった。
- シャンパンを注ぐ先輩。
- 先輩
- メリークリスマス。
- 終わってまた始まる