きよし
ピアノをぽろん、ぽろんと、弾いてみた
聖 20
宅急便が届いた日付は12月24日。きよし、この夜、自分で息を、とめた。
12月はいつだってクリスマス
8年前と同じ
毎年毎年、街の風景はそうかわりばえしない
街では毎年同じ風景
クリスマスソングにイルミネーション
どこかのお店からきよしこの夜が聞こえてくる
マンションのベランダから街を見ている夜
きーぃよーしー、こーのよーるぅー。ほーしは…
ピンポーンと玄関のチャイムがなる
インターホンに向かって清は言う
聖ちゃん。聖ちゃーん…
ガチャリとドアを開けて開口一番
清遅―い。
ごめん。
そっちが8時って言うたんやんか。
ごめん。お店手伝ってたら遅くなって。
でも、ほら持ってきたし。おばさんに頼まれたケーキ。
もういらーん。
え?だってケーキの予約やし…
お母さんが勝手に頼んだんやろ。そんなん食べん。
あたし別にケーキなんかいらんのに。
でもおいしいし。新作ケーキやし。今年のおとんの自信作やし。
もうええわ。はよ帰りや。待ってるんやろ。おっちゃんとおばちゃん。
…聖ちゃんとこは…?
わかるやろ。
また、今日も遅いんか?
しらーん。
俺の家くる?チャイム鳴らしたらおかんでてくるし。おとんももうすぐ帰ってくるし。
ええねん。親とクリスマスなんかマヌケやん。だいたい何?クリスマスって?
楽しいし。
あんた知ってるやろ。カレンダーの中で私が嫌いな日付。
クリスマスと誕生日やし。
ま、ええねん。あたし今から行くとこあるから。
え?どこ行くん?
内緒。
遊びに行くんか?
一緒に行くんやったら教えたるわ。
行くし、そんなん行くし。
すごいで。サンタ狩。
何それー?何、何、何すんの、それ?
だから一緒に来たらわかるって。
ちょっと待ってて。おかんに言うてくるし。
さっむー。うーわ。イタイわ。きもいなー、清、きっつー。
何?
あんたいっつもそうやな。
何でもおかんに言うてくる、おかんに聞いてくる。子供みたい。
まだ子供やし。
違っうねん。あたしが言うてんのは!親の知らんとこで怪しげなことすんのが子供のダイゴミやろ。分からんかなぁ。清、悩みとかなさそうやしな。
健康やし。
あんたどうせこれからもハンコウキとかなさげやもんな。
笑顔一番やし。
おっさんくさ!
じゃおかんに聞いてくるし。
だからちっがう。あんな、サンタ狩りにいくねんで?
なぁ?それをお母さんにどうやって言うの?
え?遊びやし?
まじまじまじやの!遊びなんかとちゃうわ。
どうやってすんねん?それ。
知らんの?サンタを狩るねん。
そんなんどこでサンタ見つけるん?
それは…手当たり次第やん。サンタの格好してるやつとか、
そんなん、おとん店でサンタのカッコしてケーキ売ってるし。
あとプレゼント持ってるやつも隠れサンタや。とにかくプレゼントりゃくだつすんの。クリスマスぶち壊し作戦。やったるで。口だけちゃうで。子供のタワゴトちゃうで。70のおばあちゃんになっても続けるで。
え?プレゼント持ってるだけでサンタになんの?
清、あんた今なんか隠した?
隠してないし。ほら、ケーキやし。
違う。左手のほう。まずはあんたがサンタ狩一番目の犠牲者や!
聖は清の頭をひっつかんだ。
ちょっと待って、待ってやし、ケーキやし、ケーキつぶれるし!
しーしー、うるさいねん。
あ、それ、あかんし…
何、これ。
小さな箱ひとつ
それは、あれやし。
何?
プレゼント。
あたしに?
作ったし。
清が?
おとんのまね。
ちっこ。何これ?
そっと開けると…
それ、マジパンのサンタ。
サンタ!?これが!?赤いダルマかと思った。
言うと思ったし…
食べれるん?これ。
うん。あっ…
すぐに口にほおりこんだ聖 モグモグ…かみ締める聖
早いし…
ヘンな味。
うそ?
ヘンなサンタ。
そう?
みみっちいプレゼント。
ごめん。
あたし、お母さんからもらった今年のクリスマスプレゼントはピアノやで。1週間前に届いてん。
それすごいし。
そうや、すごいねん。…すごいけど、ただそれだけ。
え?
ピアノっていうことだけ。
え?わからんし…
へんな味のへんなサンタのほうが、ずっといい。だって今日がクリスマスやん。
また、今日も遅いんか?
きーいよーしぃー。
はい?
違う。こーの、よーる、ほーしーはー、ひーかーりー…
サンタ狩はどうすんの?
やめ。だってサンタ食べてもうた。
ほんまや。
きーぃよーしー、こーのよーるー。
来年もつくるし、毎年つくるし、サンタ。
なんで?
サンタ狩防止やし。
二人とも笑ってまた歌い出す
二人
きーいよーしー、こーのよーるぅー
子供達は夜に向けてただ歌う
二人だけで歌うクリスマスの夜
二人の歌声は、そのうちピアノのきよしこの夜に変っていく
それだけたくさんの時間が流れた
きっと、聖が思い出すようにして弾いている
とても、つたない、こころもとない、音色
聖 20
宅急便の受付の日付は12月23日。これを出してから清はおらんようになったんや。箱を開けるときれいに並んだマジパンのサンタが50個。今の私が70才になるまでのぶん。サンタ狩防止のぶん。メモが一枚。一言だけ。「子供のころより、サンタつくるのうまくなったし」それだけ。いつもの清がそこにおった。なんでやろ?なんで清は私のことこんなに分かってんのに、なんでやろ。なんで私は清のこと何にも分かってなかったんやろ。何を思ってたんやろ。何を考えてたんやろ。でも、おらん。もうおらん。マジパンのサンタ50個が、清みたいに笑ってた。
街はきよしこの夜の歌声に包まれた
聖はマジパンのサンタをひとつ、涙と一緒に飲み込んだ
おしまい