- 寒い、寒い、寒い
街中のピカピカ光る電球はその寒さを吹き飛ばすみたいに光ってる
どこもかしこもいろんな色で飾られた建物
ケーキの箱なんかぶら下げて、家へと向かう人々
おめかしなんかしちゃって、どこかのレストランへと向かう人々
人ごみの中で、ギター弾きは演奏をはじめる
- ギター弾き
- 「上を向いて歩こうよ にじんだ星を数えて 思い出す 夏の日 一人ぼっちの夜…」
- ギター弾きが歌う、その少し離れたところで
- ろくちゃん
- うるさいわ。季節はずれの歌なんか歌うなよ。
- ゲン
- ろくちゃん。ろくちゃん。
- ろくちゃん
- あれ、夏の歌やろ。なぁ?
- ゲン
- 夏を思い出すっていうくらいやから、季節はずれと違うんちゃうかな?
- ろくちゃん
- なんで、なんで、なんでよ。今年の夏に去年の夏のこと思い出してる歌やろ?
- ゲン
- ろくちゃん、きっと今年の真冬に、今年の真夏のこと思い出してるんちゃう?
- ろくちゃん
- あ、そう?そういう考え方もある…って、ゲン、喋るなって。黙れ。しっ!
- ゲン
- ろくちゃんが話し掛けてきたんやろ?いややって。この格好。
- ろくちゃん
- 笑え、笑え、にっこり笑え。
- ゲン
- 笑われてる、ほら。
- ろくちゃん
- 大丈夫。こんな日くらい夢みたいはずやて。
- ゲン
- こんな日やから酔っ払いにからかわれるって、こんな格好してたら。
- ろくちゃん
- はい、よってらっしゃい。みてらっしゃい。この日限りやで。
- ゲン
- こんなんでオカネくれる人おんのかな…
- ろくちゃん
- 見てみろ、横のへたっぴ。あんな歌で小銭もらってるやろ。いける、いけるって。
- ゲン
- 俺ら、マヌケな詐欺師みたいやんか。あー、サギにもならんって。
- ろくちゃん
- 先着10名様限定。はるばる天空の城からやって参りました。
- ゲン
- それラピュタやん。
- ろくちゃん
- うるさい。お前もやる気だせ。
- ゲン
- なぁ…
- ろくちゃん
- ほら、一人ひっかかった。いらっしゃーい。いや、さすがやね。
汚れたスーツのおっさんらには、汚れすぎて見えへんのかな。
やっぱ、少女の心は純真やから、見えるんやねぇ。
- ろくちゃんとゲンの前に一人の少女がやってきた
- 少女
- あんたらもおっさんやん。
- ゲン
- (小声で)ろくちゃん、いやな子やな。まだそんなおっさんちゃうもんな。
- 少女
- そっちのおっさん、つるぴか。頭の上はげまくり。苦労してんのか?
- ゲン
- (小声で)ろくちゃん、もっといやな子やな。
- ろくちゃん
- 何いうてんねん。いやぁ、やっぱ目のつけどころがちゃうね。これはあれや。えんじぇるりんぐ。
- 少女
- この、はげが?
- ろくちゃん
- これは仮初めの姿や。
- 少女
- この羽根、ハンズで売ってた。
- ろくちゃん
- あほやなぁ。本物出したら、それはそれはあまりにも光り輝いて、
人間の目なんかつぶれてしまうねん。
- 少女
- 全身白タイツはきもいで。
- ゲン
- その、きもさや、胡散臭さを真実の心で見抜いた人にだけ、
この天使が答えてくれるねん。
- ろくちゃん
- なるほどな。
- ゲン
- (小声で)ろくちゃあああん。
- ろくちゃん
- ほら見ろ。納得してるやろ。笑え、笑え、にっこり笑え。ほんで、今日だけは本業発揮やねん。はーい。よってらっさい、みてらっさい。サンタなんかに願っても叶わへんよー。あいつらスイスの奥地におるから日本までは来られへんねん。今日だけ、今日だけ、はい。この冴えないおっさん天使が皆さんの願い事叶えてくれますよー。一番初めのお客様は、純真無垢な女の子。願い事なーに?あっ!その前に500円。
- 少女
- オカネいるん?
- ろくちゃん
- ただより怖いものはない。
- ゲン
- (小声で)ろくちゃん。
- ろくちゃん
- 何やねん、天使らしくしろ。
- ゲン
- 俺、願い事なんか叶えられへん。
- ろくちゃん
- 当たり前やろ。できるんやったら俺がお願いしてるわ。
- ゲン
- ろくちゃん…
- 少女
- 人間語、喋れるん?
- ゲン
- ムリムリ。天使語しか無理や。俺はな、つきあい長いから何言いたいか分る。
- ろくちゃん、ゲンをつついて
- ろくちゃん
- 喋れ、喋れって。
- ゲン
- #$%&“!$%%%&$#
- ろくちゃん
- な?美しい言葉やろ。
- 少女
- 飛べる?
- ゲン
- (小声で)ろくちゃああ…
- ろくちゃん
- もちろん。
- 少女
- じゃあ…
- ろくちゃん
- そーれ、世界一周してこい。
- ろくちゃん、ゲンを突き飛ばした
- ゲン
- おあっ!?
- ポロロンとギター弾きの次の曲がはじまる
- ギター弾き
- 「古い アルバムの中に 隠れて 想い出が いっぱい」
- その歌声の向こうでドボンとゲンが川に落ちる音がする
- 少女
- ドボンって言うたよ。
- ろくちゃん
- ああ、人間の目に見えへんように高速瞬間移動した音やな。
- 少女
- 歌を、忘れてん。
- ろくちゃん
- あ?
- 少女
- 夏は、楽しく歌って笑ってたような気がするけど、今は誰もおらん。
- ろくちゃん
- はぁ…
- 少女
- 想い出のひとつくらいあってもよさそうなモンやのに、ないし。
- ろくちゃん
- ほぉ…
- 少女
- 500円?それで帰ってくる?私の記憶。
- ろくちゃん
- ああ…そやね…天使次第かなぁ?
- 少女
- 逃げたんちゃうやろな。
- ろくちゃん
- 駄目、駄目よ。信じるものは救われるっていうやろ。
- ぴしゃん とゲンがずぶぬれで帰ってくる
- ゲン
- ろくちゃああああああん
- ろくちゃん
- おかえり。ガブリエル。え?何、何?冥王星まで行ってきたって?うん、うん。あ、そう?ついでに温泉はいってきたって?土星にある天使専用の。
- 少女
- 地球のほかに水ってあるん?
- ろくちゃん
- 天使専用っていうたやろ。あかんで。ジョーシキなんかにとらわれたら。
- ゲン
- さ、さ、さ、さむ…
- ろくちゃん
- そう、俺、サム。なんていうの?クリスチャンネーム?実はな、この子のお願いっていうのが、
記憶がほしいねんて。できるやんな?な?
- ゲン
- (小声で)できひん。
- ろくちゃん
- (小声で)チョロチョロっとごまかせよ。
- ゲン
- (小声で)無理やん。
- ろくちゃん
- (小声で)いける、いけるって。お前500円あったら吉野屋いけるねんぞ。
- 少女
- なぁ、もう、ええわ。無理なんやろ。
- ろくちゃん
- 少々、お待ち下さい。ただ今神経集中真っ最中。
- 少女
- どうせ、あれと同じ。
- ろくちゃん
- あれ?
- 少女
- ひとーりぽっちの、よーるぅー。
- ゲン
- …(小声で)ろくちゃん…この子、かわいそうやな…
- ろくちゃん
- あ?まぁな。
- ゲン
- (小声で)俺、ろくちゃんおるからなぁ。
- 少女
- 何?なんでこの天使ウルウルしてんの?
- ろくちゃん
- そう!ええ?うっそ!すごいね、これすごいね。
- 少女
- 何よ。
- ろくちゃん
- ふんふん、あ、そう?
- 少女
- だから何よ。
- ろくちゃん
- 分ったって。
- 少女
- 何が?
- ろくちゃん
- 落ち着いてな。びっくりしたらあかんで。実はな、君も天使らしいわ。
- ゲン・少女
- ええー?
- ろくちゃん
- 一人迷子になった天使がいたらしいわ。雲の隙間から落ちてなぁ。
天使総動員で探したらしいけど、見つからんかったって。何を隠そう、それが君らしいわ。
- 少女
- は、はぁ。
- ろくちゃん
- 見てみ。このウルウルした目。やっと仲間に出会えてうれしいって。なぁ。
- 少女
- そうなんや…
- ろくちゃん
- そうやねん。良かったなぁ。はい、500円。あ、帰る時は空中庭園に行ったら、そこからお迎えがくるようになってるから。こいつはまだ今日働かなあかんからまだ行かれへんねん。
さき帰っといてな。
- 少女
- そうなんや。だから肩甲骨のあたりがいつもチクチクしてたんや。
- ろくちゃん
- は?
- 少女
- 歩いてる時はいっつも2センチくらい浮いてるし、おかしいと思っててん。
- ろくちゃん
- え?
- 少女
- 真っ暗なところに行っても、なんか頭の方は明るいし。そっかぁ、なあんや。
- ろくちゃん
- またまた…
- 少女
- はい。500円ってこれでいいんかな?ほなね、先帰ってるわ。空で待ってるな。
- と、少女は軽やかに歩き出した
- ゲン
- え?え?うそやんな?ろくちゃん…え?
- ろくちゃん
- こんな日やからな、ありえーる。
- ゲン
- あっ!ろくちゃん、あの子、こっち振り向いたで。
- ろくちゃん
- どこ?
- 少女が大声で叫んだ
- 少女
- 嘘に決まってるやん。おっさん、もしかして信じた?あほやなぁ。おまわりさーん、あそこにあほがおるでぇー。騙してるつもりが騙されとる。あのハゲ二人。
- 少女は笑って走っていく
- ろくちゃん
- やられた。
- ゲン
- ろくちゃん、逃げよ。
- ろくちゃん
- よし。とりあえず吉野屋行くぞ。
- ゲン
- ろくちゃん。
- ろくちゃん
- あ?
- ゲン
- その 500 円…
- ろくちゃん
- ああ?もしかしてこの500円もニセモンちゃうか!?
- ゲン
- ろくちゃん…それ…
- ろくちゃん
- 何や、これ?
- 少女が渡した500円は、キラキラ光石みたい
- ろくちゃん
- キラキラしてる…こんなん見たことないで…宝石?
- ゲン
- なぁ、ろくちゃん。あの子、ほんまもんやったんかな…
- ろくちゃん
- いける、いけるで。な、ゲン。信じるモノは救われるって。
- ゲン
- ろくちゃん。
- ろくちゃん
- ほんまもんでも、うそもんでもどっちでもええやんか
- ゲン
- ろくちゃん。
- ろくちゃん
- 何やねん?売ったらなんぼになるかな?
- ゲン
- ろくちゃん。それかして。
- ろくちゃん
- あっ、お前、どこ持っていくねん。一人占めする気か?
- ゲン、ギター弾きのギターケースの中にそれを投げ入れた
- ろくちゃん
- おい…
- ゲン
- リクエスト。
- ギター弾き
- あ、…どうも…
- ろくちゃん
- 何言うてんねん。返せ…
- ゲン
- ろくちゃん。
- ろくちゃん
- あん?
- ゲン
- 働こっか。
- ろくちゃん
- あら?何目覚めてんねん。
- ゲン
- こんな日やからね。明日には気変わってるかもしれへんけど。
- ろくちゃん
- あ、そう?
- ギター弾き
- リクエストは?
- ろくちゃん
- 何でもええわ。好きなん歌え。それ、天使からの贈り物やで。ええ歌うたえよ。
- ゲン
- 行こか、ろくちゃん。
- 二人の後ろ姿を見ながら、
ギター弾き、元気にギターをかき鳴らした
歌う歌は「聖者が街にやってきた」
英語で、気分よく歌うギター弾き、ふと歌うのをやめた
- ギター弾き
- 何やねん。ただのおはじきやんけ。
- そして、また元気に歌う
天使なんか誰だってかまわない
街にはギター弾きの歌が響いている
- おしまい