- 雨。交差点。2人の救急隊員が、救急車に患者を運び込んだ直後。
- 山田
- 搬送準備よし。
- 安田
- じゃ閉めるぞ。
- 山田
- あいよ。
- バン。とドアを閉める。
- 安田
- じゃ、発車しますから、そこの車どかして下さい。
- と誰かに大声で言う。バンとドアの音。
サイレン。エンジン音。サイレン遠ざかる。
無線が入る。「プー」と音がして・・・・車の中。
- (無線)
- 3号車、今どこですか、どうぞ。
- 安田
- こちら3号車。今、現場を離れました。どうします? 市立病院でいいんですか?どうぞ。
- (無線)
- 空きベッドがないと言ってきてる。今、ほか他を当ってるから、そのまま北へ向かってくれ。
- 安田
- お願いしますよ、坂本さん。
- (無線)
- わかった。以上。(プチッと切れる)
- 山田
- 気分はどうですかー。サンタさん。
- サンタ
- 悪くないです。
- 山田
- 痛みますか?
- サンタ
- いいえ、ぜんぜん。自分で歩けたんですよ。さっき。
- 山田
- もうすぐ痛み出すと思いますよ。折れてますから。
- サンタ
- え?骨、折れてるんですか?
- 山田
- きれいに折れてます。けい骨のまん中あたりからポッキリ。ああ、でもきれいに折れてる方が直りは速いんですよ。
- サンタ
- ・・・・あたし、どうしてあんな所で転んだのかな?
- 山田
- 雨、かなり降ってたから。
- 安田
- あそこの交差点。事故多いんだよね。夕方5時ごろにも乗用車どうしの事故があって出動したもんな。
- サンタ
- あー、それでかな。交差点のまん中あたりがキラキラしてて・・・。
- 山田
- ガラスですか、ガラスがライトに当ってキラキラしてたんですかね?
- サンタ
- そうみたい。私、そのキラキラ光るものに見とれてて・・・・・。
- 山田
- 転倒した。
- サンタ
- いや、・・・・覚えてないんです。何が起ったのか。
- 山田
- ああ、よくあるんです。みんな直前の事は覚えてないって言いますよ。頭、打ちました?
- サンタ
- さあ・・・。
- 安田
- あの赤いヘルメットを見た感じだと、こすってるけど当ってはないみたいだな。
- 山田
- まあ、大丈夫とは思うけど、バイクの事故はみんな頭のCTと撮ることになってます。
何かあるといけないから。
- サンタ
- 何もないですよ、別に何ともないし。
- 山田
- まあ、たいていは何でもないんですがね。
- 安田
- あー、らららら、やっぱり渋滞してるじゃないの。坂本さーん。街の北側はまずいんじゃないですかー? 山田、ちょっとどいてもらおう。
- 山田
- はいよ。
- 車外の拡声器。
「救急車通ります。車を左側に寄せて道を開けて下さい。救急車通ります。道を開けて下さい。」(山田の声)
- 安田
- といっても、こんな日にこの雨じゃどうしようもないかなあ。駐車車両も多いし、左に寄れないよなあ。
- サンタ
- なんか、悪いですよね。私、別になんともないのに他の車を追い散らしたりして。ゆっくり行ってくれてもいいですよ。
- 安田
- いや、そういうわけにもいかないんだよね。次の出動に備えなくちゃなんないし。
- サンタ
- あ、そうか・・・。
- 「プー」と無線が入る。
- (無線)
- 3号車。今、どこですか? どうぞ。
- 安田
- 北上中です。このままじゃ動けなくなりそうですよ、坂本さん。
- (無線)
- すまん。北はダメだ。東へ向かってくれ。
- 安田
- 東?!
- (無線)
- そこから、10キロの間に総合病院が5つある。今から当るから、決まりしだい連絡する。
- 安田
- 坂本さん。それじゃ渋滞の中につっ込むことになりますよ。
- (無線)
- 他に方法はない。その近くに空きベッドはないんだよ。了解?
- 安田
- ・・・・・了解。
- プチっと切れる。
- 山田
- 空きベッドがないっていうのは、救急車を断わる時に使われる暗号なんですよ。たいていは医者の都合がつかないっていう理由が多いみたいです。
- サンタ
- ああ、今日みたいな日に働きたいって人、少ないですもんね。
- 安田
- 居ても右も左もわからない若僧が多いよな。どういうわけかみんな同じことを言うし。
- 山田
- 「ひと晩様子を見ましょう」ってね。
- 安田
- 「当直医の心得」とかいうマニュアルの1ページ目に書いてあるんだよ、きっと。仕方がないから東へ行くとすっか。
- サンタ
- あの・・・・、そこに白いふくろあります?
- 山田
- ・・・・これ?
- サンタ
- ええ、その中にチキンが入ってるから、食べてくれません?
- 山田
- ええ?
- サンタ
- もうとっくに20分すぎちゃってるし。お客様には他の人がとどけてると思うんですよ。だから、食べちゃってください。
- 山田
- いやあ、でも、安田さん、まずいですよ、ねえ。
- 安田
- まずいかどうか、食べてもないのにわかるのか?
- 山田
- あ、いや、その「まずい」じゃなくて・・・。
- サンタ
- ささやかなプレゼントです。サンタからの。
- 安田
- サンタさんにそこまで言われちゃ、食べないわけにはいかんよ。山田、いただいとけ。
- 山田
- あ、そうですか。じゃ、いただきます、・・・・ちょっと聞いていいですか?
- サンタ
- なに?
- 山田
- デリバリーで、その、バイクでデリバリーする女の人ってあまり見ませんよね。
- サンタ
- ああ、本当はダメなんだけど、昨日と今日だけは特別なんです。って言うか、いそがしいから特別な日ってことにしてあるんじゃないかな。
- 山田
- たいへんな仕事ですねぇ。
- サンタ
- たいへんって、アハハハ・・。救急隊の人からたいへんだなんて言われちゃったわ。どうしよう。
- 山田
- でもたいへんですよ。ねえ、安田さん。雨の中、サンタさんの服着てバイクでつっ走るんですよ、僕にはできそうにないです。
- 安田
- それもみんながうかれてるこんな日にな。
- サンタ
- まあ、・・・仕事だから。
- 山田
- ま、仕事だからね。
- サンタ
- でも、やっぱりにぎやかなパーティーとか、3世代くらいそろった家庭にデリバった時はちょっとつらいですね。
- 山田
- あ、そう?
- サンタ
- いっぱい人が居て、ワイワイやってるとこに私が「メリークリスマス!ピザおとどけに上りました!」って玄関を開ける。すると顔にフワーッて当るんですよ、あったかい風が。
- 山田
- ああ、暖房が効いてるから?
- サンタ
- まあ、それもあるんだけど、人間が出す熱みたいなものがあるでしょ。たくさん人が居るだけでその熱みたいなものが集まって、こう私の冷たい顔にフワーッて当るんです。それで、お金をもらって、ドアを閉めるとね、なんだか私、マッチ売りの少女みたいでしょ。
- 山田
- マッチ売りの少女か・・・。
- サンタ
- 窓からパーティーをのぞき込んだりして。わー、さびしー!
- 山田
- サンタさんじゃなかったんだ。
- サンタ
- えーとね。サンタさんみたいに感じるときもあってね。ドアを開けてもフワーッてこないとき。ママと子供が2人っきりだったりするのね。もちろん楽しそうなのよ。でも2人なの。お子様には、小さなおもちゃの袋をあげるんだけど、みんな大はしゃぎなの。そういう時、ああ、サンタさんなんだーって思う。
- 山田
- 2人かあ・・・。
- 安田
- それ、オレんとこじゃないか・・・・。
- サンタ
- え?
- 安田
- 2人っきりなんだよなぁ、今日。
- 山田
- 安田さん。
- 安田
- 去年もそうだったんだよなぁー。
- サンタ
- あたし変なこと言っちゃったかな。ごめんね。
- 安田
- いや、いいんだよ。山田、せめてそのチキン、オレの口にほうり込んでくれないか。
- 山田
- わかりました。じゃ、歌を歌いましょう。ね。せっかくサンタさんも居て、チキンもあるんだから、ね。
- サンタ
- そうね。歌いましょうか。
- 山田
- はいはい歌いましょう。3、2、1、ハイ。
- 山田とサンタは「清しこの夜」、安田は、「ハッピバースデーツーユー」と歌う。
- 山田
- ちょっと安田さん。歌ちがいますよ。
- 安田
- あれ?今日は、キリストさんの誕生日じゃなかったっけ?
- 山田
- ちがいますよー!
- 三人
- あははは・・・。
- サンタ
- い、い、いたたたた・・・。
- 山田
- サンタさん。
- サンタ
- 今、笑ったら足が、急に、・・・痛くなっちゃって。
- 山田
- ああ、少し腫れて来ましたね。安田さん、まだ病院決まらないんでしょうかね。
- 安田
- あ。思い出した。たしかこのあたりに・・・・。
- 「プー」と無線のスイッチを入れる。
- 安田
- 坂本さん。3号車です。どうぞ。
- (無線)
- ああ。もう少し待ってくれ。今、最後の病院からの連絡を待ってるところだ。
- 安田
- 東山キリスト教病院がありますよ。
- (無線)
- いや、去年、救急のリストからはずれた。
- 安田
- 10月に一度運びましたよ。連絡とってみてくれませんか。
- (無線)
- わかった。しばらく待機してくれ。
- 安田
- いや、向かいます。何なら私が直接受け付けにねじ込みますから。
- (無線)
- おいおい。
- 安田
- 以上です。(プチッ)
- 山田
- 思い出しました。すごい山道を登ったところですね。
- 安田
- ここだ、ここを左折して・・・・。
- 山田
- (拡声器)「救急車、赤信号を左折します。救急車、赤信号を左折します。」
- 山田
- サンタさん、もう少しのしんぼうですから。
- サンタ
- は、はい。すみません、私がこんな日に事故ったせいで、みなさんに・・・・。
- 安田
- なに言ってんの。今日はオレ達、カモシカみたいなもんだよ、なあ、山田。
- 山田
- トナカイでしょ。
- 安田
- そう。トナカイ。あ・・・・・・。
- 山田
- 雪だ。
- 安田
- 雨が雪に変わって来たよ。
- 山田
- 安田さん、山の上は、ずっと雪だったのかも知れませんよ。タイヤチェーンは?
- 安田
- 乗せてない。行けるところまで行ってダメなら、ストレッチャーをソリがわりにして
- 山田
- トナカイ達が引っぱるわけですね。
- 安田
- 行ってくれよー、3号車、たのむぞぉ。
- 山田
- あ・・・・、安田さん。ストップ!
- 急停車
- 安田
- どうした!
- 山田
- あれ・・・。
- 安田
- なんだ?
- 山田
- サンタさんも見ます?星も降るクリスマス。
- サンタ
- 星?
- 山田
- ドア開けますよ。
- ガー、ガチャン
- サンタ
- わー、街の灯りがあんなにたくさん。
- 山田
- ね。ここ、すごい坂道になってるから。
- 安田
- さ、寒い。山田、ドアしめろ。行くぞ。
- 山田
- はーい。
- サンタ
- あ、もう少し。
- ガー、ガチャン。サイレンを鳴らして、救急車、遠ざかる。
- おわり