- 坂井家のリビングルーム。
クリスマスイヴのパーティー。
- 始まりはオーブンの音。
- 坂井
- おお、できたできた?
- 大谷
- こら、待て待て坂井。
- 坂井
- えー、まだなの?
- 大谷
- うーんと、
- オーブンを開ける大谷。
- 大谷
- ああっと、もうちょっとだな。
- 坂井
- うーんこの匂い。
- 大谷
- だろ?だからもう少し。
- 坂井
- おう。
- 大谷
- よし、坂井よ。皿出しといてくれ。
- 坂井
- はいな。
- 食器を出す音。
- 坂井
- (食器を出しながら)いやあ、鶏のももなんて久々だなあ。
- 大谷
- あ、そうなの?
- 坂井
- うん、まことと二人だからさ。だからたいてい唐揚げとかにしてる。
- 大谷
- え、クリスマスなのに?
- 坂井
- うん。
- 大谷
- 夢ないなあ。
- 坂井
- そうかな。
- 大谷
- そうだよ。だってやっぱりクリスマスって言うのはこれっしょ。
- 坂井
- そんなもんかな。
- 大谷
- そんなもんですよ。
- 坂井
- やっぱアルミホイルで巻いたりするの?
- 大谷
- あたりき。じゃーん。
- 坂井
- わあ、何これ。
- 大谷
- ただアルミホイル巻いただけなんて芸がないだろ?だからつくってきたんですよ。オリジナル鶏ももペーパー。
- 坂井
- ねえ、もしかしてこれクリスマスにちなんで赤と緑?
- 大谷
- そう。で、それだけだと地味だから、結び目に金の糸で縛ってある。
- 坂井
- ああ、何とこまかい。
- 大谷
- 職人と呼んで下さい。
- 坂井
- うん、いい仕事してますな。
- 大谷
- まあ、自分でもこんなにもよく気がつく家庭的な男もおらんと思う。
- 坂井
- 料理も上手いしね。
- 大谷
- おう。
- 坂井
- このポテトサラダなんかプロだよ、プロ。
- 大谷
- いやポテトサラダは誰が作っても大して変わらんさ。
- 坂井
- ううん、でもツナでしょ?コーンでしょ?
- 大谷
- それにたまねぎに。
- 坂井
- え、これたまねぎは入ってたの?
- 大谷
- 入ってるよ。
- 坂井
- じゃあダメだ。
- 大谷
- 何で。
- 坂井
- まことたまねぎ全然ダメなのよ。
- 大谷
- いやこれは大丈夫だよ。
- 坂井
- ううん。ダメよ。
- 大谷
- いや実はさっきまことに試食してもらって大丈夫だった。
- 坂井
- 本当?
- 大谷
- うん。実はこのたまねぎは水に三時間つけてあったんだ。
- 坂井
- え、三時間?
- 大谷
- そう。ここに来るまでにね。
- 坂井
- え、でも大谷君、会社から直接来たんじゃない。
- 大谷
- 実は会社でつけておいた。
- 坂井
- おいおい。
- 大谷
- それくらい気合が入ってるんだ。
- 坂井
- へーえ。
- 大谷
- いや俺イベントには力を入れる方なんだ。
- 坂井
- ああ、私と正反対。
- 大谷
- そうなの?
- 坂井
- うん。誕生日とかわざわざ祝うって言うのがおかしな気がする。
- 大谷
- うん・・・・・。
- 坂井
- ・・・。
- ちょっとの間
- 大谷
- いや、俺坂井に言わなかったけ?
- 坂井
- 何?
- 大谷
- 俺、小さい頃から料理当番だったんだよ。
- 坂井
- おお、うん。
- 大谷
- 共働きでね。
- 坂井
- 看護婦さんだっけ、お母さん?
- 大谷
- そ。父親が塾の教師。
- 坂井
- うん。
- 大谷
- だからやれ母親が夜勤だ、父親が夕方から仕事に行くわで、洗濯も掃除も食事も俺がやること多くてさ。
- 坂井
- ふーん。何か・・・。
- 大谷
- いやおかげで今はこの通りだろ?
- 坂井
- うん、でもさ。
- 大谷
- いや、もちろん俺もそれが嫌だった時期もあったよ。
- 坂井
- うん。
- 大谷
- 他の家は母親が雑巾縫ったりして、名前も縫い取りしてあったりするのに、何で俺だけ自分でぬってんだろとかさ。
- 坂井
- うん。
- 大谷
- でも他の家と比べてもしょうがないからさ。
- 坂井
- うん、でもさ。
- 大谷
- いや、それがさ。幸せだったのはさ、うちには伝言ノートってのがあったのさ。
- 坂井
- 伝言ノート?
- 大谷
- そう。ハンバーグ、おいしかった。前に食べたときよりしっとりしていましたが、何か違うんですか?
- 坂井
- うん。
- 大谷
- 母親から。それで次の朝、僕はそこに返事を書くわけさ。前よりたくさんこねました。それとつなぎのパン粉を生のパンをちぎっていれてみました。
- 坂井
- へーえ。
- 大谷
- 話せば三分ですむ話なのにさ。
- 坂井
- うん。
- 大谷
- でも文字にするとあれ、長いのな。
- 坂井
- ああ。でもいいじゃない。
- 大谷
- さあ、どうだったんだろうなってさ。
- 坂井
- ・・・え?
- 大谷
- だって本当なら生の声で顔が見えた方がずっと楽しいだろう?
- 坂井
- ああ・・・。
- 大谷
- だからないよりあった方がよかったろうと思う。
- 坂井
- うん・・・。
- 大谷
- 思うけど、猛烈に寂しかったなあ。
- 坂井
- ・・・。
- 大谷
- 余計寂しくてさあ。
- 坂井
- ・・・うん。
- 大谷
- 同じ場所に住んでて、手紙書きあってる。
- 坂井
- ・・・。
- 大谷
- 気付いたんだ、と思って嬉しい。俺も返事を書く。コール&レスポンス。
- 坂井
- ・・・うん。
- 大谷
- けどそこには時間を共有したって記憶がない。
- 坂井
- ・・・。
- 間
- 大谷
- そのせいなんだよ。
- 坂井
- え?
- 大谷
- いやイベントね。
- 坂井
- うん。
- 大谷
- せっかくなんだから目一杯やろうって思う、共有できる時間があるなら目一杯楽しみたいな・・・なんてな。
- 坂井
- うん・・・。
- 大谷
- ・・・何か暗い話になっちゃったな。
- 坂井
- ううん。
- 大谷
- いや、まあ、そんなこんなのメリークリスマスだ。
- 坂井
- はい。
- 大谷
- メリークリスマス、坂井。
- 坂井
- はい。
- 大谷
- ほら、お前も言え。
- 坂井
- え、恥ずかしいよ。
- 大谷
- うん、でもいいじゃん。恥ずかしかったねって、来年のクリスマスにまた話ができれば。
- 坂井
- ・・・。
- 大谷
- ほら。
- 坂井
- ・・・。
- 大谷
- ほら。
- 坂井
- ・・・。
- 大谷
- うん?どうした?
- 坂井
- ううん。来年は私もまことも大谷になってるんだなって思ってさ。
- 大谷
- まあな。そんな改めて言われると俺も困るが。
- 坂井
- うん・・・。
- 大谷
- 何嫌なのか。
- 坂井
- 何でよ。
- 大谷
- いやだって、
- 坂井
- 去年は、まことと二人のクリスマスだったなあと思ってさ。
- 大谷
- ああ。
- 坂井
- そう言えば今年は三人なんだなって。
- 大谷
- 今年からね。
- 坂井
- ああ・・・うん。
- 大谷
- よし、この話はもうやめだ。
- 坂井
- え?
- 大谷
- 何かものすごく気恥ずかしくなってきた。
- 坂井
- 何で。
- 大谷
- いや、やめよう。
- 坂井
- どうして。
- 大谷
- やめてくれ。
- 坂井
- 何でメリークリスマスなんてなことが平気で言える人が、こういう話がダメなのよ。
- 大谷
- いいだろ?人それぞれなんだ。
- 坂井
- いやでもさ。
- 坂井
- いいだろ。あああ!
- と、坂井がお皿を三枚出してるのを見て、
- 大谷
- おい、坂井、何で三枚なんだ?
- 坂井
- え?
- 大谷
- 皿だよ、皿皿。
- 坂井
- ちょっとごまかして。
- 大谷
- いやそうじゃないそうじゃなくてだな。
- 坂井
- 何。
- 大谷
- いや何で三枚も出してるんだ。
- 坂井
- 何でってだって三人でしょ。
- 大谷
- いや、一つに盛らんと。
- 坂井
- 何で。
- 大谷
- だって三人で一緒に食うだろう?だから。
- 坂井
- そういうことははずかしげもなく言えるのにね。
- 大谷
- 何?
- と、オーブンがピーと音をたてた。
- 大谷
- おお。
- 坂井
- あ、できた。
- 大谷
- よし。後はまことだな。
- 坂井
- うん。あれ、あの子遅いなあ。
- 大谷
- ああ。何買いに行ったの?
- 坂井
- うん、味の素。
- 大谷
- 何?
- 坂井
- いやだから味の素だよ。
- 大谷
- 何でそんなもん買いに行ったんだ?
- 坂井
- 何でって切れてたから。
- 大谷
- でも今日はいらんぞ。なのに何でわざわざ。
- 坂井
- まあ、あの子なりに気遣ったんじゃないの?
- 大谷
- 何?
- 坂井
- いただからさ。
- 大谷
- いや、いや、分かってる。それは分かったみなまで言うな。
- 坂井
- 何でそういうことは照れるのよ?
- 大谷
- 仕方ないだろう。そういう構造なんだから。
- 坂井
- おかしな構造ねえ。
- 大谷
- あのねえ。
- 坂井
- ああ、それにしてもちょっと遅いか。
- 大谷
- ああ・・・俺見て来るわ。
- と、玄関のドアが開く音。
- 坂井
- あ、帰って来た。
- 大谷
- おう。
- 大谷、玄関に走って行く。
- 大谷
- お帰り、まこと。メリークリスマス。
- まこと
- ・・・。
- 大谷
- こらこら、にやって笑うなよまこと。メリークリスマス。
- 大谷
- いや、うんじゃなくて。
- 坂井
- さあ、さあ、早く冷めないうちに食べようよ。まこと、手洗ってきな。
- まこと、洗面所へ走って行く。
- 大谷
- なあ、なあそれはないだろう?
- 坂井
- 何をおっしゃる、人それぞれだよ、大谷君。
- 大谷
- いやいやでもさ。
- 坂井
- メリークリスマス。
- 大谷
- (にやりと笑う)
- 坂井
- こらこら黙ってにやっと笑いなさんな。
- おしまい。