- 女
- ・・・どうしてあの時・・・・・・・・・
・・・・・・・・・どうして・・・・・・どうして・・・・・・
- (電車のホームのざわめき。
どこからかジングルベルの音。
『もしも』『もしも』・・・・・・つぶやき、だんだん大きくなりながら辺りに満ちていく。
発車のベルが響きわたる。
男が息を弾ませ、駆け込んでくる。)
- 男
- 「(息をきらせて)ハア、ハア、ハア・・・・・・・・・ここ、いいですか」
- 女
- 「どうぞ」
- 電車、出発。
男、シートに腰をおろす。やがて息遣い、静まる。
いつもと少し違う雰囲気に、男、車内をきょろきょろ見渡す)
- 男
- 「あのー・・・これ、港町、止まりますよ、ね」
- 女
- 「港町?」
- 男
- 「止まりませんか?」
- 女
- 「ええ、たぶん・・・」
- 男
- 「えっ?」
- 女
- 「たぶん・・・」
- 男
- 「十二番でしたよね」
- 女
- 「?」
- 男
- 「ホーム。この電車のホーム」
- 女
- 「いいえ、十三番」
- 男
- 「十三番?」
- 女
- 「ええ、たしか」
- 男
- 「十三番ホーム?・・・・・・ありました?あの駅に」
- 女
- 「たしか・・・」
- 男
- 「十三番ホーム・・・・・・十三番って・・・あったかなあ・・・」
- アナウンス
- 「本日はご乗車ありがとうございます。この電車は、 『臨時環状内回り1998』です。『臨時環状内回り1998』です。・・・」
- 男
- 「ああ、臨時電車・・・」
- 女
- 「乗り間違えた?」
- 男
- 「ええ、そうみたいです。ぼくの電車、いつも十二番ホームだもんで・・・」
- 女
- 「いつも駆け込んでる?」
- 男
- 「(笑って)まあ・・・」
- 女
- 「一廻りすれば、元の所に帰りますよ。きっと・・・」
- 男
- 「そうですね。環状って言ってましたよね。覚悟決めました」
- (車掌、検札にやって来る。)
- 車掌
- 「おくつろぎのところ、失礼いたします。ウッフン
切符を拝見させていただきます。」
- (ざわざわと小さな動き。車掌、入り口から二人の前のシートまでやってくる)
- 車掌
- 「(前のシートの人に)はい、ありがとうございます。
(女に)切符を拝見いたします。」
- 女
- 「はい(切符を手渡す)」
- 車掌
- 「三つ又峠ですね・・・・・・峠はもう雪になっているそうです。
視界も悪くなっています。心静めて、じっくり、ゆっくり、
あせらないでお出掛けください。」
- 女
- 「ありがとう。あれこれ、迷わないようにします」
- 車掌
- 「はい、それがおよろしいでしょう。・・・お客様は?」
- 男
- 「ああ、俺、電車間違えたみたいで・・・」
- 女
- 「とび乗ったんですよ、この人」
- 男
- 「定期――港町行きの定期はあります」
- (男、ごそごそとぽけっとをさぐる)
- 車掌
- 「胸ポケット」
- 男
- 「えっ・・・・・・これ?」
- 車掌
- 「はい。それです。臨時環状『周遊券』ですね。三十一日まで有効です。
ご利用ありがとうございます・・・はい」
- (車掌、次のシートへ行く。
「九九坂ですね。えー、十五時五十八分到着予定です」)
- 女
- 「なんだ、周遊券持ってるんだ・・・」
- 男
- 「いや、オレ・・・いつの間に・・・・・・どうしてポケットに・・・・・・」
- (横のシートから一人の男身を乗り出すようにして)
- もしも捕り
- 「兄さん、どの辺りで商売を?」
- 男
- 「商売? 」
- もしも捕り
- 「いやね、臨時環状の周遊券を持っていらっしゃるんでさ、
何かやっておられるんじゃないかと思いましてね」
- トト
- 「いいえ。・・・電車は乗り間違いで・・・・・・どうして周遊券があるのか・・・」
- もしも捕り
- 「いやいや、こんなにお若い方ですから、そりゃあ、ずいぶんお稼ぎでしょう」
- トト
- 「?」
- もしも捕り
- 「お嬢さんは?どちらまで」
- 女
- 「三つ又峠です」
- もしも捕り
- 「ほう、三つ又峠ねえ。いやいや幸せな方だ」
- 女
- 「そうでしょうか・・・」
- もしも捕り
- 「選択肢が三つもあるってわけでしょ」
- 女
- 「・・・そういえばそうですけど・・・」
- 男
- 「・・・あのう・・・」
- もしも捕り
- 「なにか?」
- 男
- 「お二人のお話しがさっぱりわからないのですが・・・」
- もしも捕り
- 「わからない?」
- 男
- 「ええ」
- 女
- 「あっ」
- (窓の外、雪のようなものが降ってくる。大きな白い網を持った人が何人も、舞落ちる白いものを取り、袋につめている)
- アナウンス
- 「一本の松、一本の松。」
- もしも捕り
- 「始まりましたよ、今年も」
- 女
- 「優雅ですねえ」
- 男
- 「何してるんでしょう」
- もしも捕り
- 「あれ、お若いの。本当にご存じない」
- 男
- 「ええ」
- 女
- 「もしも捕りの人たち。お仲間ですよね」
- 男
- 「もしも捕り?」
- もしも捕り
- 「年末の10日間だけ解禁でね。そりゃあ、大忙しってわけで。人間の想いを受け止めるのが、あっしらの仕事ってわけで」
- 男
- 「想い?」
- 女
- 「後悔みたいな・・・」
- もしも捕り
- 「うーん・・・たとえば・・・」
- 女
- 「あの時忘れ物さえしなかったら・・・あの時、自分に素直になってたら・・・」
- もしも捕り
- 「・・・まあ、お嬢さんのおっしゃるような想いでしょうか・・・『もしも』の想いっていいますか・・・」
- 男
- 「それが、あの白い?」
- もしも捕り
- 「食べられたことは?」
- 男
- 「?・・・いえ・・・」
- 女
- 「食べられるの?」
- もしも捕り
- 「パイにしてもまんじゅうにしても、そりゃあ、いけます」
- 女
- 「パイ?」
- もしも捕り
- 「ええ、ええ。ケーキでもアイスクリームでも。最近は・・・そうそう、一番しぼりのワインが人気ですなあ」
- 女
- 「飲んでみたいわ」
- もしも捕り
- 「『七わかれ通り』に着くころには駅で初売りが始まりますよ。兄さんも一度お試しくださいよ」
- 男
- 「あっ、はい」
- もしも捕り
- 「お客さんたちは、年に一度、『あの時』をやりなおすために『臨時環状内回り』に乗る。あっしらはそのお客さんに喜んでもらうために、一ひらでも多くの『もしも』を取る。ま、そういうことですな」
- 女
- 「『二つ曲がり』では二つに一つを、『三つ又峠』では三つに一つを。もう、『もしも』って思わなくてもいいようにやり直すの」
- アナウンス
- 「まもなく『二つ曲がり』。まもなく『二つ曲がり』。」
- 男
- 「もしもって後悔しないように?」
- もしも捕り
- 「まあまあ、そうとばかりは言えないもんでねえ。『もしも』が後悔に結び付くとは限らなくってね・・・そこが味っていうもんでさ。あっしらの商売がなりたつってわけですよ。『もしも捕り』一人一人のブレンド、そこが、まあ、企業秘密ってわけですなあ」
- (電車、駅に着く。『もしも』の声満ちて来る。)
- もしも捕り
- 「じゃ、あっしはここで。失礼します。お嬢さん、『三つ又峠』は冷え込みますよ。その格好じゃ凍えますよ。何か着なさったほうがいいですよ。じゃあ」
- (ざわめきの後、電車、発車)
- 男
- 「あっ、さっきの人。すごいなあ、網のふりかたが違うよ」
- (二人、黙って、窓の外を見続ける。
やがて、「次は『三つ又峠』のアナウンス。
『もしも』のつぶやきが辺りに満ちていく。
電車の止まる音。ざわめき)
- 女
- 「・・・・・・大好きな人だったのに・・・もしもあの時、自分の気持ちに正直になっていたら・・・って・・・どうして、どうしてって思ってたら・・・いつの間にか十三番ホームに立ってた・・・いつの間にか電車に乗ってた・・・」
- 女
- 「さよなら」
- 男
- 「さよなら・・・」
- (女、立ち上がり、歩いて行く。 男、あわてて後を追いかける。)
- 男
- 「よかったら、オレのコート・・・峠は冷えるって・・・」
- 女
- 「ありがとう。でも、お返しできないと思うから」
- アナウンス
- 「・・・『臨時環状内回り1998』、まもなく発車いたします。お乗りのお客様、お急ぎください」
- (発車のベル。)
- 女
- 「どうしてあの時、どうして・・・どうして・・・、どうして・・・・・・」
- 『もしも』のつぶやき、だんだん大きくなっていく
- 男
- 「雪が降りしきっていた。が、それは、『もしも』の一ひらだったかもしれない。
彼女は『三つ又峠』のホームにすっくり立った。・・・・・・
<とび降りて、肩を抱きしめてやりたい>・・・・・・
ぼくはつきあげるような想いにとらわれていた。」
- (電車の出る音、止まる音。ホームのざわめき。どこからかジングルベルが聞こえてくる。)
- 男
- 「気が付くと、十二番ホーム。雪が降り始めていた。
あの時、どうして一緒に電車を降りなかったのだろう
・・・・・・・・・・・・あの時、どうしてコートをわたさなかったのだろう・・・・・・
・・・どうして・・・・・・
どうして・・・・・・」
- (『もしも』『もしも』のつぶやき、大きなうねりになっていく。やがて遠くで電車の発車のベルが響く)
- 終わり