- 電話の音。
女、電話に出る。
- 女
- はい? ・・・ もしもし?
- 男
- ・・・ おれ。
- 女
- ・・・ あの・・・(ダレ?)
- 男
- ・・・ かずえ?
- 女
- あ ・・・ いえ・・・
- 男
- ・・・ 原さんのお宅じゃ・・・
- 女
- あ、ええそうですけど・・・
- 男
- ・・・かずえに、代わってくれますか?
- 女
- 居ないんです。ちょっと、旅行に行ってて・・・
- 男
- 旅行? どこに?
- 女
- ・・・ (ア、コノ人ッテ、モシカシテ、カズエノ?)
- 男
- もしもし・・・
- 女
- あ、ごめんなさい。聞いてないんです。
- 男
- 君は?
- 女
- 私?
- 男
- かずえは、独り暮らしのはずだけど。
- 女
- 留守番に来てるんです。
- 男
- かずえが、旅行に行ってて、君がそこに一人でいるの?
- 女
- ええ・・・
- 男
- かずえの知り合い?
- 女
- え、ええ。高校の時の友達で・・・ (ダメダメ、モウ、ソレ以上、余計ナコト、話スンジャナイノ)。
- 男
- いつ、帰ってくるのかな。
- 女
- (ホラ、キタ)さあ、私、それも聞いてなくて・・・、ほら、彼女って、秘密主義だから(モウ、ナンデ、ワタシガ、イイワケナンカ、シナキャナンナイノヨ)
- 男
- (笑って)正直な人だね。
- 女
- 私、が? (アラ? コノ音・・・ )
- 女の耳に、受話器を通して、コツコツという音が聞こえてくる。
- 男
- 言われてたんだろ、かずえに。変な男から電話がかかってきたら、相手にするなって。
- 女
- ・・・ あの、かずえが帰って来たら、伝えておくわ。お名前・・・
- 男
- いいんだ。
- 女
- え。(ヤッパリ、聞コエル。ジャ、昨日ノ電話モ? コノ人?)
- 男
- なんとなく、電話してみたくなっただけなんだ・・・ おそくに、悪かったね。じゃ・・・
- 女
- 待って。
- 男
- 何か?
- 女
- もしかして、昨日の無言電話も・・・ あなた?
- 男
- どうして・・・
- 女
- それ・・・
- 男
- ?
- 女
- その音・・・ 受話器、指で、弾いてるでしょ。
- 男
- ごめん、くせなんだ。耳障りだったかな。
- 女
- 知り合いにいたの。同じ、くせの人が。
- 男
- そう。
- 女
- 昨日の電話。私、その人からだと思っちゃって・・・ でも、考えたら、その人が、ここの電話番号知ってるはずないのよね。
- 男
- その人だと、良かったのかな。
- 女
- べつに、そんな・・・ もう、ずっと前に、別れた人だから。
- 男
- かずえの、友達だって言ってたね。
- 女
- ええ。
- 男
- どうして、そこにいるの?
- 女
- たのまれたの。留守の間の猫の世話と植木の世話と。
- 男
- あいつ、男と、一緒なんだろ。
- 女
- さあ、私は・・・でも、そんな風に、考えないほうが、いいんじゃない?
- 男
- どうして?
- 女
- どうしてって・・・
- 男
- ・・・ 君は、かずえとは、違うタイプみたいだね。
- 女
- どうかしら。
- 男
- 俺、会ってるかな。君と。
- 女
- 会ってないと思うわ。かずえとだって、たまにしか会わないもの。でも、私といると安心するみたいなのよね。私って、ライバルになるような女じゃないから。
- 男
- 俺のこと、何か言ってたか。
- 女
- 喫茶店、やってる人でしょ。
- 男
- そうだよ。
- 女
- すごく、コーヒーのおいしい店だって、言ってた。
- 男
- うん。それだけは、自慢できたな。
- 女
- それが一番よ。
- 男
- 潰れちゃったけどね。
- 女
- ・・・ 残念。一度、行きたかったのに。
- 男
- また、いつかやりたいと思ってるよ。
- 女
- 楽しみにしてるわ。
- 男
- ・・・ 当分は、無理だろうけど。
- 女
- ・・・ 今、どこにいるの?
- 男
- どこかな。遠く離れた、北の、街だよ。いろんな人に、迷惑かけたまま、こんな所に隠れて、俺、何やってるんだろな。駅前の、ビジネスホテルに泊まってるんだ。こんな時間なのに、街は眠らないんだね。人通りが多くてにぎやかな所だよ。
- 女
- だって、クリスマスよ。
- 男
- そうか、クリスマスか。
- 女
- 忘れてた?
- 男
- すっかりね。
- 女
- ホテルの、部屋にいるのね。
- 男
- ああ。
- 女
- どう、窓の外?
- 男
- きれいだよ。
- 女
- ここからの夜景も、きれいよ。
- 男
- 知ってるよ。
- 女
- よく、来た?
- 男
- うん、去年のクリスマスも行ったな。
- 女
- ツリー、飾った?
- 男
- いや。どうして?
- 女
- じゃ、出さなかったのね。ここの押入れの奥に仕舞ってあったわ。何年か前にね、私とかずえとで買ったの。小さなクリスマスツリー。
- 男
- そんなもの、見たことなかったけど
- 女
- かずえ、自分でも、忘れてるんじゃないかしら。ほこりだらけだったもの。私、ひっぱり出してきて、今、それ、飾ってるの。きれいよ。鈴とか、星とか、靴下とか、サンタさんの人形とかね。うれしそうに、飾っちゃった。ごちそうも作ったのよ。ワインも奮発して、思いっきり贅沢な、ひとりきりのクリスマスよ。
- 男
- ひとりきりなんて、もったいないね。
- 女
- もてないもの、私。
- 男
- そんなことないと思うけどな。
- 女
- しらないくせに。そうだ、今、あなたを特別に、ここに招待してあげるわ。少しの間だけ、クリスマス気分、味わってみない?
- 男
- いいね。
- 女
- さ、ワインをあけて。
- 男
- よし。うーん、いいワインだ。
- 女
- ブルゴーニュ産の赤ワインよ。
- 男
- グラス、あるかな。
- 女
- ちゃんと、二つ用意してあるわ。
- 男
- お、料理のいいにおいがしてきたぞ。
- 女
- ビーフシチューよ。好き?
- 男
- 大好物だ。
- 女
- よかった。
- 男
- ねえ、肝心のこと、聞いてなかった。君の名前。それに、
- 女
- しらない方が、似合ってると思わない?今だけの、にせの恋人たちにはね。
- 男
- にせの恋人たちか。
- 女
- 目をつぶって。
- 男
- うん。
- 女
- 見えるでしょ。テーブルの上のワイン。
- 男
- ロウソクの明かり。
- 女
- あたたかなシチューの匂い。
- 男
- そして、君。
- 女
- つまり、そういうこと。明日になれば、消えるの。
- 男
- つまり、そういうことか。
- 女
- そう、そういうこと。
- 男
- ・・・ じゃ、乾杯!
- 女
- メリー・・・ クリスマス!
- END