- (繁華街の中程の小さな公園。真ん中の仕掛け時計の針はもう少しで午後四時。
植え込みの柵に腰掛けている若者達、ギターを手に歌う二人組、パントマイムのお兄さん、ビラをくばる人、手品をする人・…せわしく行き交う車、アーケード街から聞こえてくるクリスマスソング……)
- 恋売りの男
- 「…恋はいかがー今日限りのバザールだよー楽しい恋、激しい恋、かわいい恋・・・よりどりみどり、あらゆる恋がそろってるよ。
なんてたって今日はイヴイヴ。今ならクリスマスに間に合うよー。
甘い恋、暖かい恋、ロマンチックな恋、お好みのまま。
そんな恋は要らない?ん~OK。
そんな人も、もちろん、ご心配なく。なんてたって、今日はイヴイヴ、特別大バザールだよ。
結ばれない恋、悲しい恋、孤独な恋……さあさあ、クリスマスがやってくるよー今日がラストチャンス、イヴイヴ大バザールだよーそこのお嬢さん、いかがですか」
- 女の子
- 「?……」
- 男
- 「そうそう、赤いコートのお嬢さん、恋はいかがですか」
- 女の子
- 「…いらない」
- 男
- 「お好みはどんな恋?」
- 女の子
- 「どんな恋もいらないわ」
- 男
- 「おや、それは大変だ……うーん、赤いコートのお嬢さんには……星の恋?…」
- 女の子
- 「…星の恋?」
- 男
- 「それとも、モミの木の恋?」
- 女の子
- 「…ふふ…クリスマスだから?」
- 男
- 「うーん…トナカイの恋がいいかなー。首の鈴がなるとねー」
- 女の子
- 「鈴がなると?」
(恋売りの男、片目を閉じて人差し指を小さくふりながら)
- 男
- 「tutututu…そこから先は買ってのお楽しみ…」
- 女の子
- 「…いいの、恋なんか」
- 男
- 「おや、恋なんか?聞き捨てならないねぇ」
- 女の子
- 「ええ、恋なんかいらないわ。あんなもの、なくたって生きていけるもの」
- 男
- 「ははーん、まだ、お好みの恋を手に入れたことがないと」
- 女の子
- 「(少しむっとして)お好みってなによ」
- 男
- 「ご安心ください。今日はイヴイヴ、ラストバザール。お嬢さんのお好みの恋、お望みの恋、なんなりと」
- 女の子
- 「私の望み?私の恋?……」
(ざわめき遠のいていく)
- ぼく
- 「『あっ、雪』かすかなつぶやき。思わず見上げた。灰色の空から、ゆっくり雪は降りて来る。ざわめきの中でぼくはつぶやきの主を探す。たき火色のコートを着た君が、じっと空を見上げていた」
- 女の子
- 「『雪…』つぶやくと、雪が降ってきた。 空を見上げる男の人の枯葉色のマフラーに、雪はふんわり舞い降りた」
- ぼく
- 「公園の隅、手品仕掛けの紙のピエロ売り。
『立って!』『座って!』
うすっぺらのピエロは号令のままに立ったり、座ったり。
君はよほど不思議だったんだ、瞬きもせずみていたね」
- ぼく
- 「ピエロ、あげよう」
- 女の子
- 「えっ!?私?」
- ぼく
- 「少し早いけど、プレゼント」
- 女の子
- 「ありがとう!」
- ぼく
- 「君の顔がぱーっと輝いた。」
- 女の子
- 「『立って!』『座って!』
何度やっても言うことをきかない手品のピエロ。
公園ではあんなにうまくできたのに…せっかくのプレゼントなのに…」
- ぼく
- 「バイトの行き帰りに横切る公園。知らず知らず、ぼくは、赤いコートを探していた。
『ピエロ、ありがとう!』 突然目の前に黄色いセーターの君がいた。
- 女の子
- 「予感はあったわ。公園にいけば、いつか、きっと、会えるって。」
- ぼく
- 「待ち合わせは自然に公園の時計台のところ。ぼくはゆっくり歩きながら、一人で賭けをする。三〇秒すると君が飛び出してくる。バズレた時はまた三〇秒。賭けはいつもぼくの勝ち。木もれ日の中で君は大きく手をふっている」
- 女の子
- 「あの人の姿が見えた。私はいそいで物陰にかくれる。
そして、一、二、三、…数えていく。
九九、一〇〇、一〇一、…まだまだ…二九七、二九八、そして、三〇〇。私は飛び出す。あの人は全速力でかけてくる」
- 女の子
- 「愛に言葉は要らないって?」
- ぼく
- 「そう」
- 女の子
- 「まちがってるわ」
- ぼく
- 「遠い星には言葉のない国だってあるってさ」
- 女の子
- 「だったら、恋人たちはどうやって愛を語るの?」
- ぼく
- 「想いは想いのまま、伝わるんだって」
- 女の子
- 「そんな星、きっと、楽しくない」
- ぼく
- 「そうかなー言葉にしなくても気持ちがわかるっていいと思うな」
- 女の子
- 「よくないわ。言葉のない愛は、きっと、中は空っぽ」
- 女の子
- 「『そんなことないと思うな』そう言って、あの人は私を抱きよせる。
私は、あの人の腕の中で、それでもつぶやく。
言葉のない愛はどうして愛を告げればいいの?
あの人と話すたびに、言葉は私の心に積もっていく」
- ぼく
- 「風が落ち葉を舞い上げる。君のコートはたき火の色。
『コートだけじゃないわ。心も燃えてます。』
きみはいたずらっぽく笑う」
- 女の子
- 「気が付くと公園の木々は燃えるような赤。
やがて冬がやってくる。自然の流れ。その中にあの人も、私もいた」
(広場のざわめき)
- 女の子
- 「恋……私の恋……」
(時計の針が四時を指す。仕掛けの扉が開いて、音楽隊の演奏が始まる。広場のざわめきとふしぎなハーモニー。 『あっ…雪…』
一瞬ざわめきが消える。そしてすぐに再びざわめき)
- 恋売りの男
- 「……イヴイヴ特別大バザールだよ。恋はいかがですか?烈しい恋をお望みですか?かわいい恋がいいですか?それとも、とびっきりロマンチックな恋?どんな恋でもご用意していますよー。
五十億光年の彼方からやってくる星の恋だけは予約がいります。
クリスマスイヴの明日、ツリーのてっぺんにお届けします。
さあさあ、まだの人、お急ぎください。今日一日だけの特別バザールだよ。
あっ、そこの君、そうそう、枯葉色のマフラーの君…」
(ジングルベル、人声、…広場はざわめきに包まれる)