- ―――ある遊園地のベンチ。二人の男女。人々の歓声。
- 女
- 「・・・ああ、もう、退屈やなぁ・・・。」
- 男
- 「まだ3時20分やで。何か乗って来たらええやん。ジェットコースターとか・・・。」
- 女
- 「そやし、一緒に乗ろうや。」
- 男
- 「ええって言うてるやろ。」
- 女
- 「こわいんやろ」
- 男
- 「こわないって。」
- 女
- 「じゃ、何で乗らへんの。」
- 男
- 「何でもええやん。」
- 女
- 「ほんなら何でここ来たん。こうやってぼーっとベンチにすわってるだけやっやら、わざわざこんなところまで来んでもええんやんか・・・・・」
- 男
- 「お前が来たい言うからやんか。」
- 女
- 「行ってもええよ言うたんはあんたやないの。」
- 男
- 「ジェットコースターとか、そんな子供の乗るようなもん、オレは嫌いなんや。」
- 女
- 「ここは遊園地やで。大人のあそぶようなもんが何であんの。」
- 男
- 「・・・・・」
- 女
- 「(小声で)・・・全く、何しに来たかわからへんわ」
- 男
- 「(小声で)・・・そやから、一人で乗って来ればええって言うてるんやないか・・・・」
- 女
- 「何で私だけ一人で乗らなあかんの。そんな人どこにもおらへんわ。となりに男の人がおって、その人のたくましい腕つかんで、キャーッ、キャーッって、言うから、おもろいんやないの・・・。一人で、つつましやかに乗ってても、アホみたいやんか・・・・。」
- 男
- 「・・・・そこのゴミ箱と一緒に乗って、それにしがみついとったらええやんか。オレの腕は、たくましゅうできてへんのや。」
- 女
- 「もうええわ!」
- ―――ある遊園地の喧噪。やがて遠ざかる。
―――観覧車の回る音。二人はゴンドラに乗り込み、ドアを閉める。
- 女
- 「・・・・・これやっやらええやろ。」
- 男
- 「・・・・・まあ、・・・ええけど・・・・。」
- 女
- 「ベンチにすわってんのと、かわらへんやんか・・・。」
- 男
- 「まぁ、そうやけど・・・。」
- 女
- 「なに・・・何か文句あんの。」
- 男
- 「いや、ないよ、別に・・・」
- 女
- 「顔が不満そうやない。」
- 男
- 「あのな、オレは生まれつきこんな顔しとんのや。ほっといてくれ。」
- ―――間。
- 女
- 「・・・・・やっぱりこわいんやろ」
- 男
- 「こわないって」
- 女
- 「こわいんや」
- 男
- 「こわないって、何べん言うたらええねん。」
- 女
- 「ほら、ほら(と、ガタガタゴンドラをゆらす)」
- 男
- 「ちょっ、やめろや!」
- 女
- 「・・・」(笑う)
- 男
- 「何がおかしいんや。」
- 女
- 「これからもっともっと高なんのやで。大丈夫なん?」
- 男
- 「大丈夫に決まってるやろ」
- 女
- 「・・・」(笑う)
- 男
- 「笑うなって」
- 女
- 「・・・いや、だっておかしいんやもん。」
- 男
- 「あのな。」
- 女
- 「下見たらあかんて。・・・視線をあげて、地平線の方、見とったらええのよ。」
- 男
- 「うん・・・。わかってるって・・・。」
- 女
- 「(笑いつつ)・・・そやけど・・・・こんなに遊園地が嫌いな人もおらへんわ・・・・」
- 男
- 「・・・別に、嫌いなわけやないって・・・」
- 女
- 「・・・顔の表情は正直やからなあ・・・」
- 男
- 「お前、ホンマに意地悪いんやなあ・・・。」
- 女
- 「・・・」(笑う)
- ―――観覧車は回る。
- 女
- 「よう見えるなあ・・・。あっ・・・私の家・・・。ほら、ほら、あのコンビニのとこ・・・見えるやろ・・・・」
- 男
- 「うん・・・・。」
- 女
- 「あんたの家は・・・・ええっと・・・どこ?・・・・。」
- 男
- 「・・・・・オレな・・・子供の頃・・・来たことあんねん、遊園地。こんな大きなところやなかったんやけどな・・・。まだ、小学校あがる前やったかな・・・親父と二人で・・・。」
- 女
- 「・・・へえ・・・・」
- 男
- 「親父が、何でもお前の好きなんに乗ったらええぞって言うから、オレ、メリーゴーランドに乗ったんや・・・・。」
- 女
- 「ふーん。」
- 男
- 「・・・最初のうちは、一週、二週とぐるぐるまわるたんびに親父が見とってくれたから、安心してたんやけど・・・そのうち、夢中になってしもたんか、ふっと気がついたら、親父がおらへんねん。何週、まわっても、どこにもおらへんねん・・・。止まって、木馬から降りて、いろいろ探しまわってみても、おらへんねん・・・どこにも・・・。ほんま、血の気がひく言うたらええんやろか・・・。どない言うたらええんやろ・・・わからへんわ、あんときのことは・・・・。」
- 女
- 「・・・・それで、どうしたん?」
- 男
- 「係員の人に事務所みたいなところに連れて行かれて・・・呼び出してもろうたんやろな、アナウンスで・・・しばらくしたら、親父が来て・・・・・。」
- 女
- 「へえ、よかったやん。・・・迷子にならんで・・・」
- 男
- 「・・・・・うん・・・そうなんやけど・・・・。・・・・でもな・・・そのときオレ・・・親父の顔、見ても、あんまりうれしなかってん・・・何でやろ知らんけど・・・・。ちっとも、うれしなかったんよ・・・・。」
- 女
- 「・・・何で・・・」
- 男
- 「親父・・・もしかしたら・・・オレから逃げたなったんちゃうかな・・・・。何や・・・そんなふうに思うたんかもしれんなあ・・・・。」
- 女
- 「・・・・そんなわけないやん。」
- 男
- 「・・・うん・・・・そんなわけないか・・・・」
- ―――間。
- 女
- 「なあ・・・」
- 男
- 「うん?」
- 女
- 「そっち行ってもええかな。」
- 男
- 「え?」
- ―――女、動いて、男のとなりにすわる。ゴンドラが動く。
- 男
- 「おい・・・ちょっと・・・あぶないやろ・・・あかんて・・・」
- 女
- 「ええやない・・・」
- 男
- 「バランス悪いやんか・・・・」
- 女
- 「大丈夫やて」(と、男を抱いて)
- 男
- 「・・・・おい、ちょっと・・・やめろや・・・。はずかしいやろ。」
- 女
- 「誰も見てへん・・・・。見られへんねん・・・下界の人は・・・・・。」
- 男
- 「ええ? 何で・・・・」
- 女
- 「ここは天国にいちばん近いんやから・・・。」
- ―――二人抱き合う。観覧車はまわって、ゴンドラは地上へ近づいてゆく。