- (ドアをあける。カランというカウベルの音。)
- 男
- いらっしゃい。
- そこは、テーブルが二つと、カウンターだけの小さな店だった。店の隅の席に腰をおろすと、手の届く棚の上に、小さな半円球のガラスの置物が飾ってあった。ガラスの中には、一軒の家とサンタクロース。
- 男
- はい、コーヒー。
- 女
- ・・・
- 男
- 気になる?それ。
- 女
- え?
- 男
- いやに熱心に見てるから。
- 女
- ええ。買ったの?
- 男
- 手に取ってみていいよ。
- 女
- いいの?
- 男
- 振ってみて。
- マスターに言われるまま、ひと振りすると、ガラスの中に、雪が舞い上がった。
- 男
- スノードームって言うんだ。
- 女
- スノードーム・・・どこかで雪の降る音がする。遠い日の、記憶のどこかで・・・
- 男
- アメリカではポピュラーなおもちゃなんだってさ。映画や芝居の小道具にもよく使われてるらしいよ。スノードームの雪が舞うと、舞台一面雪になって、次の話に変わるて感じでさ。
- 女
- 見て。この家、大きな窓から中の様子が手に取るようにわかるわよ。暖炉には火が燃えて、テーブルの上にはお茶のセットが出してあって・・・ほら、小さなクリスマスツリーまで。靴下を吊るして、サンタクロースを待っているのね。・・・なんだか不思議。すごく懐かしい感じがする。いいな、家の前まで、もう、サンタクロースがやって来てる。
- 男
- こいつ、煙突がなくて、入れないんだ。
- 女
- ううん。ドアが開くのを待っているのよ。サンタクロースにドアをあけることが出来るのはね、この家の小さな女の子だけなのよ。
- 男
- クリスマス、どうするの?
- ・・・クリスマスといっても、私には、何もすることがなかった。三角関係のもつれから仕事をやめて、再就職のあてもないまま、ふらふらと、無為な日々を過ごしていたのだ。誘ってくれる友人も、迎える客もいない。行くあてもないまま、私の足は、また、その店に向かっていた。灰色の街の中で、そこだけが、私を温めてくれる唯一の場所のような気がしていた。
- (ドアをあける。カウベルの音。)
- 女
- ・・・ いったい、これは・・・
- ぼく
- 驚いたことに、店の中の様子は、いつもとはすっかりちがっていたのだ。暖炉には火が燃え、テーブルの上にはお茶のセット。小さなクリスマスツリーには、靴下が吊るしてある。窓の外では、雪が、降り始めていた・・・
- ぼく
- 最近、あのこ、こなくなったけど、いい仕事でもみつかったのかな。・・・あれ、このスノードーム、サンタクロースの向きが違ってるような気がするけど・・・前は、・・・そうだよ。家のほうを向いていたんだ。これじゃ、まるで、プレゼントを置いて帰るところみたいじゃないか。・・・(カウベルの音)
おっと、お客だ。変なこと考えてないで、仕事、仕事っと。
いらっしゃい!