少女
すごい。ここにある本は、すべて恋愛小説なの?
司書
そうだね。すべて恋愛に関係するものだけど、小説だけじゃない。
ドキュメンタリーや参考書、歴史本や絵本、向こうには楽譜なんかも並べているよ。
少女
楽譜? 音楽ってこと?
司書
そう。あっちに視聴コーナーがあるだろう。そこで聞くことができる。
音楽だけじゃなくて、脚本もあるんだ。いわゆるラジオドラマってやつ。
少女
恋愛に関する本しかないって聞いていたから、てっきりもっと小さい建物だと思っていたわ。
たった一つのテーマで、こんなにもたくさん広がるなんて。
司書
僕も参ってるんだ。もし興味があれば、仕分けを手伝ってくれないかな。
少女
仕分け? 十分キレイに並べられていると思うけど。
司書
いや、恋愛にもいろいろあってね。特に小説のコーナーが大変で。
ラブロマンスもラブサスペンスもラブコメディも、全部ごちゃ混ぜになってしまってるんだよ。
少女
なるほど。楽しい恋もあれば、悲劇的な恋もあるし、三角関係や不倫もあるわね。
司書
ほら、ここなんか。これは男子高校生が野球と恋愛の両立に悩む話なんだけど、
その隣にあるのは、既婚者の男性と不倫をするバツイチ女性の話なんだ。
少女
すごい、同じタイトルじゃない。「セカンド・エスケープ」。
司書
笑えるだろ。間違える人が後を絶たない。
少女
そう思って眺めると、あいうえお順が単なるランダムに見えてくるわね。
司書
気になった本を読んだ後は、そのジャンルを僕に教えてくれると助かる。
少女
わかったわ。だけど、どういうジャンルで伝えるのが正解かしら。
例えば、初恋で、不倫で、同性愛の、歳の差カップルの片方が、記憶喪失になっていたら?
司書
初恋モノでもあるし、不倫モノでもあるし、同性愛モノでもあるし、歳の差モノでもあるな。
どうやらサスペンスやミステリーの予感もする。
少女
そんなの、カテゴリで分けるほうがバカバカしいんじゃない?
司書
たしかにそうかもしれない。うーん。どうしようかな。
少女
ここは、恋愛に関する創作物の遺跡みたいなものでしょう。
まるで地層みたいに、単純に古い作品から順に並べたらどうかしら。
きっとどこかに紫式部の「源氏物語」も置いてあるんでしょ。古いモノから新しいモノへ。
恋愛の価値観が変遷していく様子もわかるし、作者やタイトルで分けるよりもきっと面白いわ。
司書
シンプルだけど盲点だった。さっそく取り掛かろう。まずは簡単なところで……。
視聴コーナーのラジオドラマCDを、新しい順に並べようか。あれが一番少ない。
少女
これね。「Story for two」。結構たくさんあるじゃない。
司書
なに、たったの二十五年分だよ。
少女
あたしが生きた倍じゃないの。ね、聞きながら整理してもいい?
司書
日が暮れちゃうけど、せっかくだからね。もちろん。
少女
あたしの彼氏の大介君がね、もうすぐ転校しちゃうの。
遠距離恋愛になるんだけど、そんなあたしにぴったりの作品が見つからないかしら。
司書
これだけあるんだ、きっと見つかるよ。
少女
ほんと?
司書
あーあー、ちょっと、散らかさないで。
少女
それにしても多いわね。なにをそんなに乳繰り合うことがあるんだか。
司書
僕もそう思っていたよ。
二人はCDを整理し続ける。
終わり。