女の子が怖がって泣いている
少年
ごめん。
妖怪
なんであやまるの?
少年
三人で遊んだら楽しいだろうなって思ったんだよ。
妖怪
少年
だって君は僕の最初の友達で、あの子は僕の一人目の友達だから。
妖怪
… 
少年
でも無理だったからだからごめん。
妖怪
少年
しょうがないよ。だって君は、妖怪だから。
妖怪
妖怪だからなによ、
少年
あの子は君を怖がってるけど、君は悪くない。
妖怪
私もそう思う。
少年
妖怪は、人間の恐怖から生まれるんだ。人間は、わからないものとか怖いものを
何かの姿にして見てしまうんだ。ほんとうはそんなものいないのに。
妖怪
何それ?
少年
おじいちゃんが言ってた。
妖怪
おじいちゃんいるんだ。
少年
おじいちゃんいないの?
妖怪
いない。
少年
僕はおかあさんがいない。
妖怪
(そういうことじゃない)
少年
友達もいなかった。ひとりだから怖かった。だから君に会えたと思う。
妖怪
ありがとう。
少年
でもね、僕はもう昔みたいに怖くない。
妖怪
少年
お願いだから、あの子のことを傷つけないで。大事な友達なんだよ。(大人っぽく言う)
妖怪
何をすればいいの?
少年
何もしなくていい。僕は君のことを忘れる。忘れようと思わなくてもきっと、忘れる。
妖怪
あなたが私を忘れたら私はどうなるの?
少年
…きみは最初からいなかったんだ。だからきっとふつうにいなくなるんじゃないかな。
妖怪
少年
僕はもう怖くない。大きくなるから。
妖怪
人間は大きくなったらどうなるの?
少年
いろんなところへ行って、いろんな人に会う。
妖怪
ふうん。
少年
だからもう君と遊ばない。お別れに、なにかしたいことはある?
状況は理解した。
妖怪がそういうものだということもわかった。
だけど私は今ここにいるし、このままふつうにいなくなるのは嫌だった。
頭の中で声がした。
<だいじょうぶ「わたしたち」は簡単にいなくなったりしないから>
わたしたち?私には家族も、友達もいないのに。
だけど私はその声の言うとおりにした。
妖怪
「私の絵を描いてほしい」
少年
え?
妖怪
「そして、それを他のひとに見せてほしい。」
少年
なんで?
妖怪
わからなくてもいいから、そうしてほしい。
彼はしぶしぶ絵を描いてくれた。
あんまりかわいくなかったけど、私の姿は彼にしか見えないので、しかたなかった。
彼が描いた私の姿はなんとたくさんの人のところに届いた。
その頃たいへんな病気が流行りだして、人間の世界はよくわからない恐怖に包まれていったから。
ほんとうはどこにもいないわたしはいろんなところへ行って、いろんな人と会った。
そして、そのひとたちが恐怖から遠ざかるのを少しだけ手伝った。
ほんとうはいないはずの「わたしたち」は、きっとそうやって、長い時間を脈々と生きてきたのだ。
世界が穏やかになって、怖くなくなって、みんなが忘れてしまっても、
きっとまた誰かの心の中に生れてくる。
そしてまたもっと別の方法で広い世界へ出ていく。何度でも。いつまでも。
終わり。