- 小さな本屋さん。そこに立つ女。
古い扉を開けて、花くんがやってくる。
- 女
- は。いらっしゃいませ。
- 男
- こんにちは。
- 女
- 「花くん観察日記、101日目。今日も、花くんがやってきた。
今日は、白のタートルネック。メガネはいつもの丸メガネ。
あの服は、先週から花くんのファッションに仲間入りした。ブランドも知ってる。ユニクロ。
しかもレディース。小柄な花くんによく似合う。私は今日も花くんが、す
- 男
- あのー
- 女
- はいっ
- 男
- あのですね。
- 女
- えっ、ちょっと待って私、今の口にしてた? してないよね。してないないない!うん。
はい、なんでしょう・・・。
- 男
- あのー。えーと。
- 女
- はい!
- 男
- えーーーーと・・・その・・・あの・・・
- 女
- ・・・あの、もしかして、
- 男
- はいっ
- 女
- 春山緑(はるやまみどり)の新刊、ですか?
- 男
- えっ。
- 女
- あのっ、サスペンス、お好きですよね! もしかしたら、と思って。
春山先生の新刊でたばかりなんです。もうすごい売れ行きで、どこも完売なんですけど、
ジャジャーン!もしかしたら探しにくるかなあって思って、とっておいたんです!
- 男
- え、僕に?
- 女
- はい!えっ、違いました?
- 男
- いや、ちが、わなくもないような、えっと。
- 女
- ち、ちち違ったんですね!忘れて!ください!ませ!、お、お客様・・・すみません・・・
- 男
- いえ!正解です! あの、それ、探してました!ください!
- 女
- ほんとに?
- 男
- ほんとにです!
- 女
- あ、よかった! です。はい。
- 男
- はい!
- 女
- ええと・・・
- 男
- おいくらですか。
- 女
- あ!そうですよね! あの、えっと、その、1500円!1500円です。
税こみです!あ、ピッとしなきゃですね。ピッとします。ピっと!
- 男
- はいっ、お願いします。
- 女
- はいっ、しますね!
- ピッ
- 男
- あ、1500円だ。はは。
- 女
- はい、1500円です。ふふ。
「今日も、今日も花くんは花のように笑う。
私は今日も、名前も知らない、この人が好き。好き。」
- 男
- どうして、
- 女
- はい?
- 男
- どうして、・・・涙目なんですか。
- 女
- え。涙目?
- 男
- 花粉症、とかですか。大丈夫?
- 女
- 違います! 大丈夫です!
- 男
- ・・・なんで泣くんですか!
- 女
- なんでだろ・・
- 男
- あの、僕、何かしてしまいましたか!
- 女
- いえっ、なにも・・・なにもしてないです!気にしないでください!
- 男
- でも。気になります!
- 女
- ありがとうございます!
- 男
- なにが?
- 女
- ・・・分からないです・・・ただ、
- 男
- はい。
- 女
- ・・・また、ここに来てください。
- 男
- きますよ!もちろん。
- 女
- よかった!(涙目で笑う)お待ちしてます!
- 男
- はい、僕も。
・・・「花さん、観察日記。102日目。今日も、花さんは花のように笑う。
僕は今日も、名札のない、なにも知らない、この人が好きだ。好きだ。」
- 終わり。