夏葉(なつは)-大学4年生の女。就職活動苦戦中。
耕史(こうじ)-夏葉の彼氏。就職が内定した。
明石先生(あかし)-夏葉の通う自動車教習所のベテラン指導員男性。耕史と声がそっくり。
夏葉のろくでもないワンルームマンション。
夏葉
でさでさ、結局落されたんだよ!絶対内定出ると思ってたのに!
耕史
残念だったな。
夏葉
いーなー、耕史はもう決まってて。
耕史
いや実はな・・・
夏葉
ねえねえ、あたし、マスコミ系向いてないかも。
耕史
え、あんなマスコミマスコミ言うといて?
夏葉
コンサル系だったかも、あたし。
耕史
えっ、初めて言うじゃん。
夏葉
でも今からじゃなー。もう就職やめて海外行こっかな。
耕史
留学?
夏葉
それか青年海外協力隊。
(スマホを出し)見て。ブータンで、きのこ栽培の指導員募集してるの!
耕史
お前、文学部だろ。
夏葉
そうだけど。もうなんでもいいから早く決まってほしいの!!
耕史
落ち着け。一生のことだぞ。大丈夫、今からでも自分の希望と適性をマッチングさせれば・・・
夏葉
ねえ耕史。
耕史
聞けよ。
夏葉
結婚しよ。
耕史
は?
夏葉
お願い!就職できなかったらでいいから!
耕史
お前、人間としての基礎がなってない!
夏葉
あっ、こんな時間!教習所行ってくる!!
・・・大丈夫。あんなこと言っても、いざとなったら結婚してくれるはず・・・!
溜水自動車教習所。夏葉が走りこんでくる。
夏葉
間に合った!
明石先生
坂東夏葉さん?
夏葉
ハイ!
明石先生
3分遅刻ね。
夏葉
すいません。・・・耕史と声、似てるなあ・・・。
明石先生
いきましょう。44番の車です。
自動車に乗り込む夏葉。バタン、というドアの閉まる音。
明石先生
はいブー。
夏葉
えっ。
明石先生
自動車の前後確認怠った。
夏葉
あっ。
明石先生
もし前にネコちゃんいたら?哀れ―。
夏葉
すいません。
夏葉、エンジンをかけ、車を走らせる。
明石先生
方向指示器、出してない。
夏葉
あっ。
明石先生
あなた、運転の基礎、なってないね。
夏葉
どっかで聞いたような・・・。
明石先生
何か?
夏葉
いえ。
公道を走る二人。クラクションを鳴らされる夏葉。
夏葉
ひいっ。
明石先生
フラフラ走るからよ。右行くなら右で、指示器出さないと。
あなた一体、どこを通って、どこに行きたいの?
夏葉
えーっと、
明石先生
それがわからないから、周りもイライラするのよ。
夏葉
はい・・・。よくわかります・・・。
しばし運転する二人。
明石先生
はい、そこ。横断しそうな親子いるよー。
夏葉
はあ・・・。(通過)
明石先生
なぜ止まらないの!
夏葉
だって止まってくれるだろうし・・・。
明石先生
あなたは他人がこうしてくれるだろうという希望のもとに運転してるわね。
夏葉
・・・それってダメなんですか?
明石先生
当たり前でしょ。事故るわよ。
夏葉
でも、付き合ってるんだから結婚とかおかしくないでしょ!
明石先生
何の話?
夏葉
いえ。
明石先生
はい、この信号、直進―。
夏葉
あ、左に路駐が。右行かなきゃ・・・、あ、後ろから車が!あ、あ!
明石先生
はい、止まっちゃったー。
もっと遠くを見なさい。近くばっかり見てるから、そうやって焦るのよ。
夏葉
あ~!
明石先生
何!
夏葉
どうしてそんなにあたしのことを知ってるんですか!
明石先生
いや、たいして・・・。
夏葉
どうせあたしはダメな人間ですよ!
明石先生
泣かないで。心臓がバクバクするわ。大丈夫。慣れればうまくなるの、運転て。
夏葉
はい・・・。
明石先生
ほら、方向指示器出して。あなたはどこへ行きたいの?
夏葉
・・・金持ちになりたい。
明石先生
何言ってるの。
二人を乗せて車は走る。
終わり。