- 冬の夜。ガラガラと窓があき、ビューと風が入ってくる。
- 男
- 満月。窓から、僕の妻が帰ってきた。
- 女
- ふー。さっむっ
- 男
- おかえり。
- 女
- うわっ
- 男
- 遅かったね。
- 女
- まだおきてんたん?
- 男
- うん。
- 女
- ・・・ど、どないしたん。そない、じーっとみて。
- 男
- 思い当たるふし、あるやろ。
- 女
- ない。酒、タバコ、浮気、してない。
- 男
- 魔法、つこたやろ。
- 女
- えっ
- 男
- 魔法。つこたね。
- 女
- いや。あの。その。ほら。ちが。ちがうよ。
- 男
- ちがわん! あれほど使うな、いうたのに!
- 女
- 仕方ないやん!でないとあのおじいさん、ずっと町に立ちっぱなしやったんやもん!
- 男
- ほら!つこたやんか!
- 女
- ハイハイ、つこた!使いました!
12月の町に一ヶ月も立ちっぱなしのおじいさんの目の前に、
テーブルと御馳走と明日の服と明後日の仕事と明々後日の家と一年後の家族との再会を、
魔法で出しました!
- 男
- 手厚すぎるねん!君の魔法は!。普通はテーブルの御馳走でおしまいやろ!
- 女
- 普通なんて知らへん! これはうちの主義やねん!
うちの魔法を一夜の夢で終わらせてたまるか。
- 男
- はぁ。あんな、僕は、魔法使いちゃうけどな。君の夫やっとんねんで。
- 女
- 毎度、おおきに。
- 男
- なあ。魔法使った後にな、君の眉間に、深い、深い、しわができるねん。
そのシワはな、一年かけて、ゆっくり、消えていくねん。
やっと夏にきれいに消えたな、よかったなって安心したのに。また今ひどい顔してる。
- 女
- え、知らんかった。
- 男
- え、知らんかったの?
- 女
- 年のせいかと。
- 男
- 何でもかんでも年のせいにしすぎや君は。
- 女
- だって、昔はいくら魔法使ってもなんもなかったもん。
- 男
- ほな、年のせいやないか。
- 女
- な、せやろ。ふふ。
- 男
- それで、どんな感じやった?
- 女
- ・・・テーブルな。二人がけのもん出したんや。
- 男
- うん。
- 女
- 御馳走も山盛りで。
そしたらな、あのお爺さん、こっそり味わえばいいのに、友達呼んできてな。
- 男
- え。まさか。
- 女
- 30人くらいおったかな。いやもっとか。
- 男
- 君ねぇ。
- 女
- 二人がけじゃ足りひんやろ。今にも雪が降りそうな、夜中の大通りに、
長い長いテーブルがシューって伸びて、
どこからともなく現れる人たちでいっぱいになってな。おもろかったで。
ご馳走はあっという間に空っぽ。
テーブルが溶けて消えても、おじさんたちは帰らへん。
ちょっと早いクリスマスプレゼントや、て笑顔で言うねん。そりゃ張り切るやろ。
- 男
- なあ・・・君、両手、シワシワやないか。
- 女
- ほんまや。おばあさんの手みたい。
- 男
- どんだけ魔法つこたんや。
- 女
- 目に映った、みんなの一年後も全部。
- 男
- アホか。治るんか。これ。ちょっと待っとき、お風呂沸かすから。
- 女
- 温泉のもとも、入れといて。
- 男
- なんちゅう嫁やほんま・・・。もう魔法つこたらあかんで。
- 女
- わかった。
- 男
- わかってへんやろ。もう。
- 終わり。