- 夜景に向かって駆け出す女。
- 女
- うわー! めっちゃきれーい!!
- 男
- おえっ…。うええっ……。(と、えづいている)
- 女
- ほら見て、大阪湾が丸い。あっちが大阪やで!
- 男
- 大阪……、おう……。
- 女
- 光がチラチラして見えるやろ。町が生きてるみたい。
- 男
- おう……。
- 女
- これってさ、電圧の揺らぎやねんて。
近くにおるとわからんけど、普段から電気はこんなふうに揺らめいてんねんで。
- 男
- あかん、マジで気持ち悪いわ。
- 女
- お前なんなん?
- 男
- いやだって、なんなんあの道。グネグネグネグネ。
- 女
- しゃあないやん、山道なんやから。
- 男
- 別に山でもまっすぐ道は作れるやろ。
- 女
- そんなん角度がめっちゃ急になるやん。
- 男
- いや別にギザギザさせてもええねん。グネグネさせんでええやん。
- 女
- 自分で運転したら酔えへんで?
- 男
- ないやんけ、免許が。
- 女
- あれや。
- 男
- うわ、ちょっと待って、マジでキレイやん。
- 女
- だから言うてるやん。すごない?
- 男
- すごい。
- 女
- ほんまにキレー……。
- 男
- ……ちょっとでもアレやな。
- 女
- なに?
- 男
- まあその、わりに合わん感じは否めへんな。
- 女
- は?
- 男
- 二時間くらい車乗って、気持ち悪くさせられたから、なんかもっとこう……。
- 女
- なんなんお前。
- 男
- いや、キレイねんで?
めっちゃキレイやけど、このキレイさは、全然普段から見れるキレイさやからなぁ。
- 女
- 信じられへん……。
- 男
- 普段から、お前が隣におんねんから。
- 女
- ……え、ちょ、お前ほんまになんなん。
- 男
- ええ景色や。
- 女
- ちょっと待って、変な気持ちにさせられたんやけど。
- 男
- 気持ち悪いやろ。
- 女
- 気持ち悪い。
- 男
- 右行ったり左行ったりなぁ、俺はそれを味わってたんやで。
- 女
- 運転してくれてありがとうくらい言うたら?
- 男
- 言わずもがなやな。
- 女
- 言えや。
- 男
- ありがとう。
- 女
- うん。
- 間。
- 女
- で?
- 男
- まあ待てや。
- 女
- はよしてや、ちょっと寒なってきたし。
- 男
- この冷気が、今俺の吐き気を沈めてくれてんねん。
- 女
- 知らんけど。わざわざこんなとこまで運転させて。
- 男
- だってそらなぁ。
- 女
- とりあえず指輪出してーや、写真撮りたいから。
- 男
- 待てやお前。それはお前、わりと重要な儀式やろ。
- 女
- ええねんもう。プロポーズするから摩耶山まで車出せ言われた時点で儀式もクソもないねん。
- 男
- お前それは無粋やで。
- 女
- どっちがやねん。はよして。
- 男
- ちゃう、待てや、俺まだ車乗りたないねん。
ごっつ嫌やねん、もっかいあのグネグネさせられんの。
- 女
- インスタ載せたいから、はよ。
- 男
- ちょお待て。見ろ、この夜景を。暗く沈んだ大阪湾を、神戸の明かりが丸く囲ってるやろ。
- 女
- うん。
- 男
- これが、お前に送る指輪や。
- 女
- ええねん、そんなん。
- 男
- なんやねんお前。勝手に撮れや。
- 男、指輪を渡す。
- 女
- ありがと! この手すりのとこ置いて撮ろかな!
- 男
- 落とすなよ。
- 女
- うるさいねん。
- 男
- うるさいちゃう、結婚するぞ。
- 女
- わかってるから。
- ・・・
- 終わり。