- ポツポツと雨が降り出した。
ザーと強くなって、雷も聞こえてきた。
窓辺に立ちじっと外を見つめる男。
暖かいコーヒーを飲みながら、男の横顔をみる女。
- 女
- どしたの。
- 男
- 向かいの家の・・・お布団が干しっぱなしなんだ。
- 女
- え。また。
- 男
- あー・・・。ひどい。掛け布団まで、ビショビショだ。
- 女
- 取り入れにこないねえ。お仕事かな。
- 男
- うーん・・・。
- ざー。
- 男
- あー、あのお布団、取り入れたい。焦ったい。
- 女
- 仕方ないよ、こればっかりは。
- 男
- 僕にくれないかな、向かいの家のお布団を取り入れる権利。
- 女
- うん?
- 男
- 雨降ったら、お布団を取り入れるんだ。そのために家の鍵を預かるの。
- 女
- えぇ。
- 男
- だって、お向かいさん、毎日お布団を干してるだろ。
お向かいさんは、フカフカのお布団が好きなんだよ。
仕事から帰ったら、疲れた体をフカフカのお布団に包んで寝るのが
お向かいさんの幸福なんだよ。
僕らはそれを知っていながら、お向かいさんの幸福が、
雨に濡れていくのをただ見ている。
僕らは、見ているだけで、何もできないんだ。
- 女
- 違うかもしれないよ。
- 男
- 何が違うの。お布団を干すのにほかになんの理由があるの。
- 女
- 何かの合図かもしれない。
- 男
- 合図?お布団を干すことで伝えられる合図?
- 女
- 例えばよ、シーツの色が赤色のときは、いよいよ、とか。
- 男
- えっ。お向かいさんのシーツが赤色だった時はないよ。大概水色だよ。
- 女
- うん。だから、シーツの色が赤色になったら、いよいよ、なのよ。
- 男
- 何がいよいよなの。
- 女
- わかんないよ、そんなの。
- 男
- お向かいさんは何者設定なの。
- 女
- わかんないよ、そんなのー。全然喋ったことないもん。
- 男
- 確かに。喋ったことない。
- 女
- ね。
- 男
- 雨、早く止んだら良いな。
- 女
- うん。
- 雨は続いている。
- 女
- ね。
- 男
- ん?
- 女
- やっぱりやらない? 結婚のご挨拶。
- 男
- え、なんで。
- 女
- 一緒に暮らして長いから、なんとなーくそのままだし、
別に、報告して回ることでもないのかなーって思ってたけど、、
御近所さんにだけでも、チラッとご挨拶しとこうよ。
お隣さんと、お向かいさんと。
- 男
- あ。
- 女
- 鍵預かる、までは行かなくても、
大変でしたね、くらい言えたら良いじゃん。
- 男
- あ、うん、そうしよ。うん。
- 終わり。