猛暑が長引く朝。マンションベランダ。
美子
朝顔、終わりかな。
隆明
俺、水やるよ。
美子
終わりだと思う?
隆明
まだ、もうちょっと咲くんじゃない。
美子
朝顔に咲く気持ちがあるなら、是非。
隆明
どうですかね、朝顔さん。…返答ありませんね。
美子
返答ありますよ、今なくても。
隆明
はい、水かかっちゃうから、ちょっとどいて。
美子
どうなっちゃうんですかねぇ。
隆明
今年?
美子
色々なことが不安になっちゃいますねぇー…。
隆明
仕事から帰ったら、もっと話聞くよ。昼間も不安になったら、連絡して。
美子
うん。
隆明
ひとりで、わーってならない?
美子
ならない。
隆明
ほんとに?
美子
暑いから、みんなイライラしてるのかな。
隆明
暑くても、マスクして、今はとにかく生き延びなきゃね。
美子
今日も気をつけてね。
隆明
その態勢、しんどくならない?
美子
大丈夫。
隆明
無理しないでね。
美子
どうなっちゃうんですかねぇー…。
隆明
何が。
美子
人間。
隆明
人間?
美子
人間の対立。
隆明
どうですかね、朝顔さん。
美子
朝顔が嫌いな人もいるかもしれない。それも勝手な偏見で。
自分達が朝顔に何をしたか気にも留めないで。
朝顔は、こっちの向日葵と同じ花なのに。
隆明
朝顔、嫌われてるの。
美子
朝顔も、一方的に嫌われたら面白くないでしょ。朝顔こそ、言い分がある。
遠い場所から、それぞれの庭に勝手に連れて来られて。それは横暴でしょ。
隆明
横暴だって、思わない人もいるんじゃない?
美子
え、思わない人?
隆明
朝顔がどうしてそんなに嫌われてるのか分からないから、なんとも。
美子
私だって、嫌ってる人の心理なんて分からないよ。
隆明
理由もなく、嫌ってるってこと?
美子
誰かを嫌えば、優越感を感じるとか?
隆明
なんの優越感?
美子
自分の中にある卑小感を見ないようにして、朝顔より優れてると思い込んでるのかな。
隆明
とんだ尊大野郎じゃない。
美子
本当にね。
隆明
これぐらい水あげたら、朝顔喜んでると思う?
美子
どうですかね、朝顔さん。
隆明
返答ありますか。
美子
夜まで、生き延びられるみたいです。
隆明
俺も夜まで生き延びて、帰って来るから。
美子
仕事、しんどくない? 大丈夫?
隆明
マスク?
美子
父としての責任感で、仕事しんどくなってない?
隆明
美子だって、母としての責任感で、ひとりでしんどくならない?
美子
私はつわりで、体がしんどいだけ。
隆明
ほら、そろそろ部屋に入ろう。
美子
生き延びなきゃね。
隆明
ただ生き延びなきゃね。
隆明が美子のお腹を大事そうに触っている。