- なんらかの危機を示す爆発音、あるいは警報音。
- 男
- いかん! 世界が終わってしまう!
- 女
- いけませんねぇ。
- 男
- ずっと黙ってたけど、ワシはサエコのことが好きだったんじゃ。
- 女
- なんと。私もですよ。
- 男
- なんてことだ。サエコと恋がしたかった。
- 女
- 私も、タクロウさんと恋がしたかったですよ。
- 男
- 今からでも間に合うじゃろうか。
- 女
- 間に合うんじゃないですか。
- 男
- あなたと、添い遂げたい。
- 女
- 添い遂げましょう。これから。
- 男
- ではまず初デートじゃ。
- 女
- どこに行きましょう。
- 男
- これは付き合う前の初デートじゃ。お互いまだ、様子見のデートじゃ。
- 女
- 映画館なんていかがですか。
- 男
- いいのう! しかし、劇場が空いとらん!
- 女
- タクロウさんと一緒なら、どこでもかまいません。
- 男
- お茶をしよう。
- 女
- ええ。
- 男
- 店に入る暇はない。しばし待っとれ。
- 男、小銭を取り出し、落とす。
- 男
- いかん、手が震えるの。
- 女
- 焦ることはありませんよ。
- 男、自動販売機でお茶を買う。
- 男
- ペットボトルで、すまんの。
- 女
- いいえ。冷たくて気持ちいい。
- 男
- 次は愛の告白じゃ。二人が結ばれる日じゃ。
- 女
- ええ。
- 男
- サエコ、好きじゃ!
- 女
- タクロウさん、私もですよ。
- 男
- そして初夜じゃ。二人で過ごす初めての夜じゃ。
- 女
- 恥ずかしいですわ。
- 男
- サエコ、脱がせるぞ。
- 女
- 優しくしてくださいまし。
- 男
- で、やりました、と。
- 女
- やらないんですか?
- 男
- 時間がないからの。そして喧嘩じゃ。
- 女
- 喧嘩ですか?
- 男
- うまくいくことばかりではない。ときに二人はすれ違い、言い争うこともあるのじゃ。
- 女
- そんなことあるでしょうか。
- 男
- あるに決まってるだろう。
- 女
- 私、タクロウさんと言い争うことなんて想像できませんわ。
- 男
- いいから想像せい!
- 女
- そんなこと言われたって困ります。
- 男
- サエコ。
- 女
- 残り少ない時間、喧嘩なんかせずに過ごしたっていいじゃないの!
- 男
- おおお。カーット! オッケーじゃ!
- 女
- カット?
- 男
- サエコ、すまんかった! わしが間違っていた!
- 女
- いいえ、いいんですよ。
- 男
- 次は、ええと、次は……。
- 女
- ふふふ。
- 男
- 何を笑っておる。
- 女
- タクロウさん。あなたを見ていると、あなたの歩んできた歴史が目に浮かぶようです。
まるでずっと、あなたとともに過ごしてきたかのような気持ちですよ。
- 男
- サエコ。
- 女
- タクロウさんは、いかがですか?
- 男
- わしは……わしも……いや、わしは。わしは、後悔している。
サエコに想いを伝えなかったこの生涯を、悔やんでおる。
- 女
- タクロウさん、こっちに来てくださいまし。
- 男
- 手をつないでもいいか?
- 女
- もちろんですよ。
- 男
- 空が、赤くなってきたのう。
- 女
- あなたの顔も、似たようなものです。
- 男
- サエコ。……愛してるぞ。
- 女
- タクロウさん。私もですよ。
-
終わり。