- ここはカフェのテラス席。
以下、脳内での会話。エコーがかかっている。
- 男
- あのー。
- 女
- えっ!
- 男
- おっと、驚かないで。驚かないで。急に申し訳ありません。
- 女
- なにこれ。頭の中で声がする。
- 男
- まず、ゆっくりと左を向いてもらえますか。
- 女
- 左……?
- 男
- 男の人がいますよね。
- 女
- はい。不審な男の人が、一人でミルクティーを飲んでいます。
- 男
- どうも、はじめまして。
- 女
- え、あれは、あなたですか。
- 男
- はい、私です。今、あなたの脳内に直接話しかけています。
- 女
- 脳内に……?
- 男
- 驚かせてしまって申し訳ない。
- 女
- え、ほんとにあなたですか? まったくこっちを見ませんけど。
- 男
- シャイなもので、申し訳ない。あなたと目が合うと、緊張してしまうんです。
- 女
- 右手をあげてもらえますか?
- 男
- はい。
- 以下、エコーが取れて、普通の声。環境音も聞こえる。
- 店員
- お呼びでしょうか?
- 男
- あ、すいません。大丈夫です。
- 再びエコーに。
- 女
- あ、ごめんなさい。
- 男
- いえいえ。
- 女
- 余計なことを。
- 男
- 大丈夫です。
- 女
- それで……、これは一体?
- 男
- はい。今から私、脳内ではなく、あなた自身に話しかけようと思っています。
- 女
- はい。
- 男
- いいですか?
- 女
- え……、かまいませんけど、なんですか?
- 男
- 連絡先を……、聞いてみたいなと。
- 女
- あ、そういう……?
- 男
- はい。
- 女
- ナンパですか?
- 男
- まぁ、そのー。
- 女
- え、これは何ですか? このテレパシーみたいなのは?
- 男
- これは、……すごいでしょ?
- 女
- すごいでしょ……?
- 男
- へへっ…へへへっ……。
- 女
- 何かこう、あなたは、特別な人なんですか?
- 男
- 特別な人?
- 女
- 宇宙人だとか、未来から来たとか。実はあたしの運命の人で、
世界を救うためには今、出会っておかないといけないとか。
- 男
- 私は、普通の電気工事士です。
- 女
- これは、ただのナンパなんですね?
- 男
- そうですね。いきなり話しかけるのは、失礼かなと。
- 女
- はあ。
- 男
- それでは、いきますね。
- 女
- あ、しかし、あの、ごめんなさい。
- 男
- ムム?
- 女
- 彼氏がいるので。
- 男
- なるほど……。
- 女
- すみません。でも、このすごい能力には興味があるので……。
あれ…? 聞こえてますか…? もしもし? もしもーし?
- 以下、エコーが取れて、普通の声。
- 男
- ぐっ……。ぐうう……。すんすん……。ううぅ……。
- 女
- あの、連絡先くらいなら、いいですから!
- 男
- ほんとですか!?
- 女
- これ、はたから見ると逆ナンみたいで恥ずかしいんですけど。
- 男
- じゃあ、電話番号言いますね。
- 女
- はい。
- 再び、エコー。
- 男
- ゼロ…ハチ…ゼロ…、
- 女
- いや、すごいけど。なんなのこれ。きもいんですけど。
-
END