- 男
- いつもの時間、いつもの乗り換え駅でなぜかふと、
その日はいつもと違う道を行ったのだった。
- ?
- おい、お前!
- 男、気付かない。
- ?
- お前だよ、お前! トミタ!
- 男
- (立ち止まり、振り返って)え?
- ?
- こっちこっち。
- 男
- (振り返ってキョロキョロする)……え
- ?
- 何?
- ?
- 違う違う、そっちじゃなくてこっち。
- 男
- こっち?
- ?
- こっち。
- 男
- え
- ?
- ……ど、どっち?
- ?
- こっちこっち。もっと下!
- 男
- 下??
- 男
- ……を見ると、目が合った。石と。
- 男
- え、石?
- 石
- うん、石。
- 男
- 小さな丸い、灰色の石と目が合った。
……目? は、ないけど。でも目が合っている。気がする。
- 石
- 気がするだけじゃなくて、合ってるよ。トミタを見てるんだよ。
- 男
- ええ!?
- 石
- 声、出てるよ。
- 男
- あ。
- 男
- ……僕の心が読めるのか?
石は、僕が内心で思い浮かべただけの言葉に応えてくる。
- 石
- 以心伝心だよ。
- 男
- うわ!
- 石
- なに。
- 男
- い、やだ。
- 石
- なんで。
- 男
- なんでって、だってすごく……不自由だよ。
- 石
- 思ったこと全部、歪まずまっすぐ伝わるのに?
- 男
- そうだけど……
- 間
- 石
- 「人間には不可視の部分があって、汚濁にまみれた部分、
不可視の部分は自分しか知らないという形で尊厳を守るしかない存在である」
- 男
- え?
- 石
- 「人間には不可視の部分があって、汚濁にまみれた部分、
不可視の部分は自分しか知らない、という形で、尊厳を守るしかない存在である」
- 男
- 何なになに?
- 石
- って今思った?
- 男
- いや、思ってないよ。
- 石
- 思ってたよ。
- 男
- え
- 石
- 思ってたんだよ、仮に言葉にするならそんなようなことを今、トミタ。
- 男
- ええ
- ?
- そんな難しいこと、思ってないけどなあ。
- 石
- や、言葉にするから難しくなるけど、別に難しいことない。
トミタの言いたいこと、分かったよ。
- 男
- あ、そう
- ?
- ならよかった。
- 石
- 人間って、めんどくさいね。
- 男
- そうかな。
- 石
- めんどくさいよ。わたしも昔人間だったから、分かるけど。
- 男
- え、人間だったの!?
- 石
- うん。
- 男
- そうなんだ。
- 石
- そこらへんの石もみんな、そうだよ。
- 男
- え!?
- 男、辺りを見回す。そこにあって、
でも全く目に映っていなかった石が、見えてくる。
- 男
- そうか。これ全部、元人間かあ。
- 石
- みんな、もっともらしい顔付きで過ごしてるけどさ、
- 男
- うん?
- 石
- だけどこの足元をいくらか掘ったら下水道が通ってて、
この街も、人間のシステムも結局ぜんぶ糞尿の上に建設されてんだと思ったら、
- 男
- うん。
- 石
- 笑けるね。
- 男
- そうね。
- 石
- 可笑しくて、やがて哀し。
- 男
- なんだそれ。
-
男と石、笑う。電車の音がする。