- 雨の音
- 雌N
- 今思えばあの時の私はどん底でした。
最愛の人に捨てられ、それと同時に住む所にも、食べる物にも困る生活になりました。
でも、当時の私はそれが当たり前だと思っていました。
私のような者はその内そこら辺りで野垂れ死ぬ。そういうものなのだと
- 男N
- その日の僕はどん底だった。
愛していた人と別れ、行くあてもなく、食べることも忘れてふらついていた。
どうしてこうなったのか、いつから食い違っていたのか、どこを間違えたのか。
後悔のあてを探して街をさまよう
- 雌N
- あの人が好きだと言ってくれたくせっ毛は、雨の重さですっかりストレートになり
三日もまともなものを口に入れていない私は、フラフラと街中を歩いておりました。
身なりもすっかり汚くなった私を、道行く人は遠巻きに眺めます。
惨めな気持ちの中、気が付けばあの人との思い出の場所に立っていました
長い長い石段。あの人と競争して駆け上がったそれを、一歩一歩登っていきます。
登り切った先であの人が待っていてくれるかもしれない。そう思って
- 男N
- 忘れていた食欲が腹を鳴らしたタイミングで顔をあげると、
甘い匂いをさせる露店が出ていた。
値段と一緒に「頭の先からしっぽの先まで」と書かれてあるそれを二つ買う。
二つ買う事で、まだどこかに可能性が残っているんじゃないかという、
未練がましい気持ちがあったのかもしれない。
そんな惨めな気持ちでいっぱいの自分の目の前を、
自分以上にとぼとぼ歩く背中を見つける。
いや、正直に言うと目に入って来たのは背中ではなく、
すっかり濡れてしまったその尻だった。
僕はその尻に吸い寄せられるように、神社の長い石段を登る
- 雌N
- わかっていたことでした。それでも、登り切った先にあの人の姿がないことに
自分でもバカらしいほどに落ち込みました。
しかし引き返すほどの体力も居場所も私にはすでになく、
ただ雨をしのげる場所を探し、辺りを見回します
- 男N
- 賽銭箱の置かれた拝殿の下に潜り込む彼女を確認したところで、もう引き返そう
とも思ったが、自分の今の気持ちを共有できる相手を見つけたような思いもあり、
僕は彼女を怖がらせないように、ぬかるんだ拝殿の下をのぞき込む。
だけどそんな気遣いの甲斐なく、彼女は大きな目で僕を見ると
- 雌
- 何ですかあなたは!
- 男
- あ、いや、落ち着いて。決して何かしようってわけじゃないから
- 雌
- あっちいってください!
- 男
- あ、えと、お腹空いてない?
- 雌
- は?
- 紙袋のがさごそ
- 男
- たい焼き。食べる?
- 雌
- いりません! 何ですかそれ
- 男
- たい焼き。うまいよ
- 雌
- やめてください!
- 男
- 大丈夫、毒とかじゃないかーー
- 雌
- やめてください!!
- 男
- ……痛っ
- 女N
- 恐かった。
ただただ、恐かったのです。
気が付けば私はその差し出された手に噛みついていました。
決してやってはいけないことだと、幼いころからあの人にきつく言われてきたことです。
ですから、もう片方の手が私の頭の上に伸びてきたときには、覚悟を決めてぎゅっと
目を瞑りました
- 男
- ひどい恰好だな
- 雌N
- しかし、伸びてきた手は、そんな言葉と共に私の頭の上に乗せられ、
静かに撫でるのです。そして私を見て、『泥だらけじゃないか』と笑うのです
- 男
- 泥だらけじゃないか。頭の先からーー
- 雌N
- しっぽの先まで。と。
- おしまい。