- 夜。ここは広大なサービスエリア。
- 女
- まずい。どれだったかなぁ。全然見分けがつかねぇ。
- 男
- (女を見つけて)あぁ、良かった。良かった良かった。
- 女
- へ?
- 男
- ごめんなさい。仙台行きのバスに乗ってましたよね?
- 女
- そうですけど。
- 男
- いやぁ、僕も乗っていたんですよ。
- 女
- あぁ、そうでしたか!
- 男
- よかった、よかった!
- 女
- 探しにきてくださったんですか?
- 男
- 探しにというか、綺麗な人だなと覚えていたので。
- 女
- え。
- 男
- あぁ、いや、そんなことはどうでも。戻りましょう。
- 女
- はい。
- 男
- どこでしたっけ?
- 女
- へ?
- 男
- 実は僕、自分のバスを見失っちゃって。いやほんと、あなたがいて良かった。
- 女
- あー、そっか。
- 男
- 戻りましょうか。
- 女
- いや、実は、あたしも自分のバスがわからなくなってしまっていて。
- 男
- おっと。
- 女
- そうなんですよ。
- 男
- なるほど。するとこれはあれですね。詰んだってやつですね。
- 女
- はい。
- 男
- ひとつずつ近づいて見ていきますか。
- 女
- あ、でも、ここからなら全体が見えるから、もしかしたら手を振ってくれるかも。
- 男
- ああ。
- 女
- ほかのバスに近づいて、知らないうちに出発されたら困るし。
- 男
- たしかに。もう発車時刻は過ぎちゃってますもんね。
- 女
- あたし、あのバスが怪しいと思うんですよ。
- 男
- 赤いラインの入った?
- 女
- はい。あそこから、運転手さんが出てこないかなって。
- 男
- 運転手さんの顔なんて覚えてるんですか?
- 女
- えぇ、すごくカッコイイ人だなと思ったので。
- 男
- あぁ。
- 女
- あ、いや、そんなことはどうでも。
- 男
- あれ? でもあのバス、動き出しますよ?
- 女
- あ、ほんとだ。え、あれじゃねぇのかな。
- バスが一台、去っていく。
- 男
- あれじゃないですよね?
- 女
- いや、あれかなって思ったんですけど。
- 男
- あれだったらやばくないですか?
- 女
- あれじゃなかったかもしれないですね。
- 男
- でもあれだったらどうしましょう。
- 女
- しつこい。
- 男
- ……あっちにも、似たような模様のバスがありますよ。
- 女
- あ、ほんとだ。
- 男
- でも、あんな模様でしたっけ?
- 女
- 正直、あまり自信はありません。
- 男
- 僕も、全然覚えてないんです。それこそ、あなたの顔くらいしか。
- 女
- あたしも、運転手さんの顔しかわかんないから。
- 男
- 夜、広大なサービスエリアで、
深夜バスを見失った二人の男女がお互いに記憶していたのは、
お互いの顔だけだった……、なら、ロマンティックですけどね。
- 女
- なんですか?
- 男
- なんでもありません。あっ、ちょっ、あれも動き出しそうじゃないですか?
- 女
- ほんとだ! あれだったらさすがにヤバイ!
- 男
- 走りましょう!
- 女
- おーい、そのバスちょっと一旦ストップ
(と、言おうとして突如やめて)(咳払い)(可愛らしい声に調節して)
ごめんなさーい、運転手さん、ちょっと待ってー。
- 男
- どうやらこのバスで正解のようだ。
- 女
- すみませーん!
- END