- ここは戸在高校の理科室。放課後。
- 栞
- 千代お姉ちゃん、千代お姉ちゃん。
- 千代
- どうした栞、どうした栞。
- 栞
- あたしの靴箱にラブレターが入っていたんだよ!
- 千代
- 夢の話か?
- 栞
- 現実の話なんだよ!
- 千代
- 一体誰からのラブレターだったんだ?
- 栞
- それがわからないんだよ。
- 千代
- 見せてみろ。
- 栞
- ほれ。
- 千代
- 何も書いてないじゃないか。
- 栞
- そうなんだよ。差出人不明のラブレターなんだよ。
- 千代
- いや、そうじゃなくて。何一つ、書いてないじゃないか。
- 栞
- ほえ?
- 千代
- ラブレターも何も、これは単なる白紙の紙切れだろう。
- 栞
- そんなことないんだよ! ラブレターなんだよ!
- 千代
- どうして?
- 栞
- だって靴箱に入っていたんだよ!
- 千代
- だけど何も書いていないじゃないか。
- 栞
- だからなんなんだよ?
- 千代
- だからなんなんだよって……。これじゃエフェメラですらないよ。
- 栞
- エフェメラ?
- 千代
- エフェメラっていうのは、長期的に使われたり保存されたりすることを
想定していない、一時的な筆記物および印刷物のこと。
- 栞
- 難しいんだよ。
- 千代
- 役割を終えたら捨てられる紙のことだよ。チケットやチラシ、レシートとか、
栞なんかもそうだな。
- 栞
- 栞はエフェメラ? じゃあ千代紙は?
- 千代
- 千代紙はそれ自体に価値のある装飾用の紙だから、エフェメラじゃない。
- 栞
- ずるいんだよ!
- 千代
- ちなみにラブレターもエフェメラだぞ。
情報の伝達が終われば役割をなくすからな。
そして何の情報も役割もないこの紙は、あえて言うならゴミだろう。
- 栞
- 見えない文字で書いてるかもしれないんだよ!
- 千代
- なるほど! あぶり出しか! 試してみよう! 幸いここは理科室だ!
- アルコールランプにマッチで火をつける。
- 栞
- 燃やしちゃダメなんだよ!
- 千代
- 燃やさない、あぶるんだ。
- 栞
- あぶる?
- 千代
- 柑橘系の果汁で書かれた文字は、火であぶると焦げて浮かび上がる。
- 栞
- まるでスパイなんだよ。
- 千代
- そうだな。差出人はとてもシャイだったのかもしれない。
- 火がぱちぱちと。
- 栞
- 千代お姉ちゃん、浮かび上がってきた?
- 千代
- 今のところは、あたしの指が熱くなってきたこと以外、なんの変哲もない。
- 栞
- 少し焦げてきてるんだよ。
- 千代
- そうだな。何も浮かび上がらず、ただ焦げてきてるだけだ。
- 栞
- それをもうちょっと、こう…てん下に……。
- 千代
- ん?
- 栞
- 貸して。こうやって、焦がしていけば。
- 千代
- 栞、「好きです」の文字を、自分で焦がして作ろうとしていないか?
- 栞
- こうやって……こう……。
- 千代
- 栞、やめるんだ! 恋は焦がれるものであり、自分で焦がすものじゃない!
なにより煙が出ているし、先生が来たらえらいことだ!
- 栞
- これはラブレターなんだよ。
- 千代
- わかった! わかったから! マッドサイエンティストみたいな顔をするな!
- 栞
- 彼氏欲しい!
- 千代
- あたしも欲しい!
- END