- 女
- 『目覚ましが鳴る前に起きる。起きるというかずっと眠れなかった。
不安なのかもしれない。なにが? いや、わからないけど。
なにが不安になっているかわからないけど、
まだ、外が明るくなりきる前に起きてしまう。それからずっと眠れない。
目をつむっていたら、頭の中で言葉がぐるぐるまわる。嫌な言葉が。
頭の中に浮かんだ言葉に追い詰められて怖くなってしまうから、目を開ける。
そこにはあなたがいる。
あなたは私と違って、すやすやと眠っている。
不安なことなんてなにもないかのように、いつもの寝顔。安らかな寝息。
あなたの寝顔を見て、寝息を聞いて、不安な私は安心する。
そっか、と私は思う。世界に一人でいることが不安だったのだ。
世界にたった一人でいたらどうにかなってしまいそうだったから不安だったのだ。
だから、こうやって一人じゃないことがわかってしまえば、不安は霧消する。
あなたのことをじっと見続ける。
いつまでだって見続けられそうだから、いつまでも見続ける。
あなたが私の隣にいてくれてよかった。
あなたが私の隣で眠っていることが本当に嬉しい。
いつまでも見続けていたら、あなたにふれたくなって、
でもふれて起こしてしまったら、こうやってなんの不安もない、
油断しきっているあなたをもう見られなくなってしまうかもしれないって躊躇する。
でも、やっぱりふれたいからふれる。本当にふれられるだろうか。
心配になって、差し出した手が止まる。もし、私の手があなたにふれられなかったら。
葛藤はあったけど、このままあなたにふれずにいることの恐怖も手伝って、
やっとあなたにふれる。あなたの頬を撫でる』
- 男
- どうしたの?
- 女
- 今日もあなたが隣にいるのが嬉しい
- 男
- うん
- 女
- いつも隣で眠っていてくれてありがとう
- 男
- ありがとうって言われるようなことなんてなにもしてないよ
- 女
- ううん。私が言いたいだけだから、言わせてほしい
- 男
- うん
- 女
- ありがとう
- 男
- うん。どういたしまして。今、何時?
- 女
- わからない
- 男
- もう朝になった?
- 女
- わからない。けど、外はまだ、ちょっと暗いよ
- 男
- ちょっと暗いの?
- 女
- うん。ちょっと明るい
- 男
- そっか。目、つむっていてもいい?
- 女
- いいよ。ねえ、この時間だけがずっと続けばいいと思わない?
- 男
- 思う
- 女
- この時間の世界は私たちだけのものだね。
暗くもなくて、明るくもなくて、私たちだけがいる
- 男
- 眠たくないの?
- 女
- 眠たくないよ。眠い?
- 男
- また寝てもいい?
- 女
- いいよ
- 男
- おやすみ
- 女
- おやすみ
- ――終わり。