- 随分と長いエレベーターの中。
- 男
- 僕たちが交際するにあたって、ルールを決めたいと思う。
- 女
- デートは週何回にするとか?
- 男
- いや、そういった努力義務規定の制定も不可欠だが、後回しでいいだろう。
- 女
- 何を決めるの?
- 男
- 端的に言おう。どこからが浮気かを決めておきたい。
- 女
- え?
- 男
- どこからが浮気だろうか。
- 女
- そんなこと、決めなくちゃダメ?
- 男
- 決めておくべきだ。のちのち争わずに済む。
- 女
- そんなことを一番に決めるの?
- 男
- ほかに何を優先する?
- 女
- 結婚を見据えて、二人でいくら貯金するかとか。
- 男
- たしかにそれも大切だが、浮気で揉めないことのほうが重要だ。
- 女
- 浮気するつもりなの?
- 男
- 浮気のつもりがなくても、結果的に君が浮気だと感じることがあるかもしれない。
- 女
- どんなことするつもりなの?
- 男
- だからそれを事前に決めておきたい。どこからが浮気か。
- 女
- 自分で考えてわかるんじゃないの?
- 男
- 君はどこからが浮気だと思う?
- 女
- どこからもなにも、浮気は浮気じゃない。何をいってるの?
- 男
- じゃあ例えば、エレベーターで二人きり。これは浮気だろうか。
- 女
- 浮気なわけないじゃない。
- 男
- うむ。
- 女
- 別に、女友達と食事に行くくらいなら好きにしていいから。
- 男
- ほう。
- 女
- なに、「ほう」って。女友達ならよ? 浮気するつもりならダメだからね。
- 男
- 君のその浮気が何を指すのかを知っておきたいんだ。
- 女
- だからそんなの、浮気は浮気じゃない。
- 男
- 肉体関係を指すのかい?
- 女
- そんなの絶対ダメに決まってるでしょ。
- 男
- キスはセーフかい?
- 女
- アウトよ。なんでセーフだと思ったの?
- 男
- セーフだとは思ってない、確認しているだけだ。
- 女
- そんなこというなら、手をつなぐのもダメだからね。
- 男
- 呼び止めるとき、肩に触れるのは?
- 女
- それはセーフよ。
- 男
- エレベーターで二人きりになるのは?
- 女
- だからセーフ。
- 男
- サランラップ越しのキスはどうだい?
- 女
- あなたは何をいってるの?
- 男
- ギリギリセーフかな?
- 女
- めちゃくちゃアウトよ。その状況がアウトよ。
- 男
- 分厚い植物図鑑を間に挟んでのキスは?
- 女
- 距離の問題じゃなくて、それをやろうとしていることがアウト。
- 男
- 混浴に入るのは?
- 女
- ねえ、やめてよ。なんでギリギリを攻めようとしてるの?
- 男
- 攻めようとしてるわけじゃない。ただ知っておきたいだけだ。
- 女
- 浮気っていうのは、物理的な現象で決められることじゃないと思う。
- 男
- 面白い見解だ。
- 女
- あなたの心次第だと思うわ。
- 男
- 僕の心は、いつだって君のそばにあるよ。
- 女
- だったら、こんな質問しないで。
- 男
- エレベーターで二人きりになるのは、セーフかい?
- 女
- なんだかもうアウトよ。怖くなってきたわ。あなたがおかしな質問をするから。
- 男
- 初めて君とキスをしたのは、エレベーターの十五階から四十七階にかけてだった。
- 女
- よくそんなこと覚えてる。
- 男
- あれ以来僕はどうも、エレベーターで女性と一緒になると、
ドキドキしてしまうようになったんだ。
- 女
- だったらもう禁止よ。あなたは一生階段を昇降しなさい。
- エレベーターが止まる。
- アナウンス 四十八階です。
- 男
- ちなみに、引越しの予定はあるかい?
- 女
- ないわ。
- 男
- えらいことになった。
- 終わり。