- 女
- おっさん、なにを言うてんの?
- 男
- なにをってなんやねん
- 女
- いつまでもいつまでも、くだらんこと言うてんなよ
- 男
- くだらんことって、ひどいわ
- 女
- くだらんやろ。めちゃくちゃくだらん
- 男
- くだらんことないわ。長い間、そしてこれからも多分ずっと悩み続けるんや、俺は
- 女
- せやからな。おっさん、なにを言うてんねん
- 男
- なにをって、なんやねん
- 女
- だからな、おっさん。おっさんになってまでな、悩むような悩みちゃうねん、
おっさんのそれは。中学生とか高校生とかでな、卒業する悩みやねん
- 男
- せやかてな
- 女
- せやかてもクソもあらへんねん
- 男
- せやかて、誰も僕のこと愛してくれてへんのや。僕は誰からも愛されたことないんや
- 女
- おい、おっさん
- 男
- なんや
- 女
- おっさん、おっさん、おっさん。哀れなおっさん
- 男
- なんやなんやなんや
- 女
- 嘘つくなや
- 男
- なにがや
- 女
- 誰からも愛されたことがないなんて嘘や
- 男
- 嘘ちゃうねん。僕は今まで誰からも愛されたことがない
- 女
- おっさんは、愛がどういうものかを忘れてるから、愛されても気付かんだけや
- 男
- そんなもんやろか
- 女
- 私がおっさんに愛というものがどういうものかを思い出させてやるわ
- 男
- そんなことしてくれるんか
- 女
- したる。教えたるから、おっさんは今から赤ちゃんになって
- 男
- 赤ちゃんに? そんな恥ずかしいことできるかいな
- 女
- なにを恥ずかしがっとんねん。なにも失うもんないやろ
- 男
- せやかてな
- 女
- じゃかましいわ。つべこべ言わんと赤ちゃんになったらええねん
- 男
- どうしたらええねん
- 女
- 寂しいんやったら泣いとったら
- ――男、赤ちゃんになる。泣く。
- 女
- どうしたんでちゅかあ。オムツでちゅあかあ。それともおっぱいでちゅかあ
- ――男、泣いている。
- 女
- 困りまちたねえ。よーし、よーし
- ――男、泣き止む。
- 女
- さみちかったんでちゅねえ。誰かによしよしちてほちかったんでちゅねえ。
抱きちめてあげまちょうねえ。よっこらせ。よーしよーし
- ――男、笑う。
- 女
- よーしよーし
- ――男、笑う。
- 女
- どうや
- ――男、赤ちゃんをやめて。
- 男
- なにが、どうや、や?
- 女
- おい、おっさん。なにか感じるもんはないんか?
- 男
- これが愛か?
- 女
- それが愛や
- 男
- このぬくいのが愛か?
- 女
- そのぬくいのが愛や
- 男
- 知らなんだ。俺は愛いうもんを知らなんだ。姉ちゃん、おおきにな。
俺にぬくいもんを教えてくれておおきにな。
俺は、愛を言葉でとらえようとしてたけど、違うんやなあ。
愛を言葉でとらえようとしてきたから、うまく感じられんかったんや。
感じられんかったから存在せんと思ってたけど、ちゃうんやな。
愛ちゅうもんはほんまに存在すんねやなあ
- 女
- いや、忘れてただけやろ
- 男
- 忘れてただけか。姉ちゃん、思い出させてくれておおきにな
- 女
- おう。どういたしまして
- ――終わりです。