埼玉にあるまたたび保育園。午後5時。
インターホンの音。
としお
すいません、えー、わたくし、たんぽぽ組の斎藤ニコルの父なんですが、
はい、お迎えってやつに・・・。
オートロックの鍵の開く音。
としお
ど、どうも。えーっと、たんぽぽ組、たんぽぽ組・・・は、ここか。
引き戸を開ける音。
としお
失礼します。
ニコル
あっ。
としお
ニコル。よっ。あ、先生。斎藤ニコルの父でございます。いつもお世話に。
はい、今日は妻の職場に警察が踏み込んできたということで、わたくしがお迎えに・・・。はい、妻自身は捕まることはないと思いますので、はい、大丈夫だと思います。
ニコル、一緒に帰ろうな。
ニコル
えっ?
としお
なんだよ。・・・えっ?何他人を見るような目つきで見てるんだ、お前は。
ニコル
誰・・・。
としお
パパだろ!やめろよ、先生がこっち見てるだろ!!
違います、本当に父親です!
ニコル
どうかな。
としお
なんでだよ!
ニコル
(小声で)こういう感じ、困るだろう・・・?
としお
ああ、困ってるよ!ほら、帰りの用意するぞ。
えっと、これが今日の汚れ物か?
ニコル
そうさ。給食の時、ケチャップまみれにしてやった服たちさ!へへ!
としお
お前、わざと汚したんじゃないだろうな。
ニコル
・・・。
としお
わざと汚したのか?
ニコル
・・・ケチャップをおなかに垂らして、死体の真似をしたんだ。
先生がびびるかと思って。
としお
なんてことすんだよ!!先生びっくりしてただろ?
ニコル
いや、無言で着替えさせてくれたよ。さすがプロだな。
としお
お前、やめろよ、そういうことは・・・。よし、じゃあ帰ろう!!
ニコル
断る!
としお
なんでだよ!
ニコル
ひとみと離れたくないんだ。
としお
ひとみ?
ニコル
女さ。
としお
お前、四歳でそんな・・・!誰なんだよ。
ニコル
あれさ。
としお
先生じゃないか。
ニコル
そのうち俺のものにする。
としお
お前ね、そんなこと言うのは早いよ。
ニコル
そうかな。二十年後、僕は24歳。ひとみは40歳。
結婚に焦っていれば、食いつくはずさ・・・。
たとえ僕をそんなに好きじゃなくてもね。
としお
お前ね、もの悲しいこと言うなよ。
大丈夫、きっとお前のことが大好きな女の子が現れるから。
ニコル
・・・あんたの息子だぜ!!
としお
えっ?
ニコル
・・・あんたの息子だぜ!!
としお
・・・俺がもてないって言うのか?
ニコル
そうだろうよ!
としお
お前、見くびるんじゃないよ。ママには内緒だけどな、
こないだパパの会社の後輩がな、パパのこと好きって言ってきたんだ。
ニコル
ウソだ!死んでも信じない!!!
としお
そこまで否定するなよ。
ニコル
ふう。それで?その女の子とは?
としお
今度、軽くメシにでも行こうという話になってる。
ニコル
どこに?
としお
まあ、スペインバルだろうな。
ニコル
・・・とったぜ。
としお
ICレコーダー!!
ニコル
(ちょっと再生してみて)ばっちりだ。
としお
お前、なんでそんなもん。
ニコル
人の弱みを握るためさ・・・!
としお
それ貸して!
ニコル
おっと!
としお
頼むよ、別に下心はないんだから!メシ食うだけ!!
ニコル
ウソだ!
としお
ええい、貸せ!
ニコル
(取られた)ああっ。
としお
消去ボタンは・・・これか?
別の録音が流れる。
「やだ、変なことにはならないわよ。
ちょっと元カレとごはん食べるだけ。」
としお
なんだ?ママの声じゃないか。
ニコル
知らぬが花さ。
としお
あいつも浮気を・・・?いや、そんなはずはない!
ニコル
ちなみにこれは一か月前の録音だ。
それ以来ママが急におしゃれをし始めた、とだけ言っておこう。
としお
どうしたらいいんだ!
ニコル
とりあえずママをデートに誘いなよ。
としお
わかった!かずえー!(走っていく)
ニコル
あっ!パパ、僕を置いて行っちゃいかんよ!!
終わり。