- ちんちんちんと、カップを鳴らす乙女長
    だいぶご高齢ながら、パールのネックレスをいつも欠かさない上品な女性。 
- ひでこ
 
- みなさま、お揃いになって。
 
- たかこ
 
- にい、さん、しい・・・ええ、秀子さん。みなさま、おそろいになってるわ!
 
- ひでこ
 
- どなたもかけてなあい
 
- たかこ
 
- あのね、あきこさんは、今日はぎっくり腰。でもちゃんと連絡してくださったから。
 
- ひでこ
 
- よろしい。では、皆様おそろいですね。
 
- み  な
 
- はい!
 
- たかこ
 
- では、第721回、乙女会を始めます。
 
- ちんちんちんちん・・・とカップがいたるところで鳴る。
 
- ひでこ
 
- みなさまお元気ね。音でわかるのよ。
    さて、今日の議題は、乙女会のニューリーダーについて。 
- たかこ
 
- ニューリーダー? 何をおっしゃるの秀子さん、
    あたしたちのリーダーはいつだってあなたじゃないの。 
- そうよそうよ、というざわめき。
 
- ひでこ
 
- みなさま静粛に。・・・わたくしね、この秋に米寿を迎えるの。
 
- たかこ
 
- おめでたいことじゃない・・!
 
- ひでこ
 
- ええ。誇らしいわ。
    まさかここまでみなさんのお顔を見ながら、生きていけるなんて、
    あの頃は思いもしなかった。でもね・・
    もうそろそろ、ここではないどこかにゆきたいわ。 
- たかこ
 
- ・・・どうしてそんな・・・
 
- ひでこ
 
- まあ! つまらない想像はよしてちょうだい。
    そういうことじゃないの。ここではないどこかよ! 
- たかこ
 
- ブラジル・・・とか。そういうこと?
 
- ひでこ
 
- そういうこと!  みて!
 
- 機械音がする。
    タブレットからの映像照射のような。  
- ひでこ
 
- 2020年、つまり、来年ね。ある事業が秘密裏に実施されます。これはその資料。
 
- たかこ
 
- まあ、これは・・・不二子さんの・・・
 
- ひでこ
 
- みなさま、乙女会の秘密厳守はきっちり守ってくださるわね。
    あすこに座っていらっしゃる不二子さんは、経産省の元幹部。
    そのおとなり、康子さんはロシア宇宙開発局にお勤めだった。
    ご存知晴子さんの旦那様はアラブ領事館にお勤め。
    おつけものから、国の最高機密まで握る、それがあたくしたち乙女会。 
- たかこ
 
- 何をしようっていうの、ひでこさん。
 
- ひでこ
 
- 米寿よ。賭けに出るのに最後の年と言ってもよいでしょう。
 
- たかこ
 
- まさか・・
 
- ひでこ
 
- タイムトラベルよ。 いま、あと一人の乗り手を求めてらっしゃるの! 
 
- たかこ
 
- 乗り手? でも、だって、時間旅行は仮想現実の範疇と・・
 
- ひでこ
 
- そうね、今を知ってこそのわたくしたちですから、
    昨年の乙女会ではそうお話しました。
    でもいまは、この身すべてを運べるようになった、かも、しれない。
    その賭けに乗りたいの。 
- たかこ
 
- でも、それって、つまり、でも!
 
- ひでこ
 
- ええ、そうよ。戻れない、かも、しれない。
    存分に生きたからこそ、できる旅とはこういうこと。これは、わたくしの得た権利だわ。 
- たかこ
 
- ひでこさん。
 
- ひでこ
 
- とめたりなんかしないわね。たかこさん。みなさん。
 
- ちんちんちんちん・・・とカップがいたるところで鳴りはじめる。
 
- ひでこ
 
- ありがとう。音でわかりますよ。ニューリーダーは、わたくし不在時にお決めになって。
 
- たかこ
 
- ・・・もしも、姿が見えなくなっても、ひでこさんは、生きてらっしゃる。
    そういうことね。 
- ひでこ
 
- そうよ、わたくしの生きた証拠は永遠に、みなさまとともに。では、ごきげんよう。
 
- おわり。