蝉が鳴いている。夏の終わり。家の玄関から呼ぶ声がする。
良次
こんにちはー。ゆきちゃん、おりますか。
おじさん
おー、良次くん。おるで。縁側や。
良次
おじゃまします。
ペタペタと足音がする。
ゆき
夏休みの最後の日。良次兄が家にやってきました。
良次
ゆき、何してるんや。町内会の映画の時間やぞ。もうみんなそろとんで。
ゆき
うちの町内は結束が強くって、何かとイベントづくしです。映画が終わればそのまんま、
お神輿で練り歩き。うちらをぜんぜん休ませてくれません。夏休みやのに。
ゆきのそばには、金魚鉢。金魚がはねる。
良次
お、金魚やんけ。昨日のお祭りでか。
ゆき
うん。
良次
いち、にい、さん・・
ゆき
7 匹おる。
良次
ははは。金魚鉢ん中でおしくらまんじゅうやなあ。去年は一匹でやっとやったのに。
ゆき
うであげたんやで。良次兄に見せたかった。
良次
ごめんな。家まで来てくれたんやってな。母さんから聞いたわ。
ゆき
野球部のみんなと先に行ったっていうてた。
良次
まー、付き合いっちゅうか。
ゆき
うちが先やったのになァ。
良次
お、すねとんか。
ゆき
すねてへん!
おじさん
おーい、町内会長が呼んどんで。
良次
はあい。
ゆき
いこか。
良次
ははは。なんやその顔。ちょっと待っとき。
ペタペタと遠のく足音。
ゆき
良次兄は、二軒隣のご近所さん。夏がくるたんびに、背が伸びて、伸びるたんびに
どっか遠くなっていく。この気持ちはなんやろか。小さな金魚鉢の中は、
真っ赤な色でいっぱいで、うちの心の中は、
良次
ただいま。
ゆき
映画は?
良次
町内会長に言うてきた。さき行ってください。ぼくら休みますーって。
ゆき
ええのん。
良次
ええんや。せっかくの夏休みやしな。ほれ。
ゆき
金魚鉢?
良次
うん。ついでに、おれんちの持ってきた。何匹か分けて。
ゆき
え?
良次
金魚すくいの腕、あげたんやろ。
ゆき
でも、すくうやつ、
良次
じゃーん。おたまでええやろ!
ゆき
おたま! そんなん、やぶれへんやん!
良次
ははは。まあ気にするな。ほら。すくって見せて。
ゆき
…うん!
金魚鉢の水がはねる。
良次
金魚、大事にするしな。
ゆき
…うん! ちゃんとみててや、良次兄。
良次
おう。見とるぞ。
ゆき
すいすいと、真っ赤な金魚が泳ぎます。ほんまに、この気持ちはなんやろか。
夏が終われば、終わるんやろか。もうじき、街は夕暮れです。
おわり。