- 女
- 『鏡で自分の顔を見ている。鏡で見る自分の顔は好きだけれど、
たぶん世間一般的にいえば可愛くはないのだろう。可愛くはないのだと思う。
人から一度もそんなこと言われたことないし、私だって人と比べて恥ずかしくない
程度の客観性は持っているつもりだ。私の顔は可愛くはない。
ただ、私が自分の顔を好きなだけ。
ずっと自分の顔が映っている鏡を見続けているけれど、飽きない。見とれている、
大袈裟に言えば。自分の顔に見とれているなんて恥ずかしい。
でも、可愛いと思うんだけどなあ。うそうそ。可愛くないって思ってないと怖い。
怖いし、実際そうだし。
さっき私は私を可愛くないっていう言葉を使ったけど、
本当はみんなからもっとひどい言葉で思われているんだろうな。
可愛くないなんてものじゃないと思う。自分で自分のことを悪く言うのは悲しいから、
可愛くない程度で抑えているだけ。人からどんなことを思われているかわからない。
人からどんなことを思われているかわからないから怖い』
- 女
- え、なに?
- 男
- え?
- 女
- 人の顔、じろじろ見て。なんかついてる?
- 男
- ううん。別に
- 女
- あ、そう
- 男
- ごめん。じろじろ見て
- 女
- あんまりじろじろ見んといてな。恥ずかしいから
- 男
- うん。わかった。気を付ける
- 女
- いや、ずっと見てるやん
- 男
- ごめん
- 女
- やから、恥ずかしいから見んといてって
- 男
- いや、今は喋ってるからやん。喋ってるときは、相手の顔見て喋るやん
- 女
- そっか
- 男
- うん
- 女
- まだ見てる
- 男
- え、ああ。ごめん
- 女
- まだ見てるやん
- 男
- ごめん
- 女
- 私の顔、そんなに変?
- 男
- いや、変ちゃうよ。全然変ちゃう
- 女
- じゃあ、なんで見てくるん?
- 男
- 嫌?
- 女
- 嫌っていうか、なんで見てくるんかわからんから、めっちゃ怖い
- 男
- 怖がらせてごめん。いや、あのさ、気持ち悪いって思われるかもしれへんねんけど
- 女
- うん
- 男
- 可愛いなあって思って
- 女
- え?
- 男
- 見とれてて
- 女
- え? みとれてて?
- 男
- うわあ。ごめん。気持ち悪いよね。もうじろじろ見いへんから、許して。
この通りやから
- 女
- もうあんまりじろじろ見んといてや
- 男
- ごめん。もう見ん
- 女
- 私、別に可愛くないしな
- 男
- それは、でも、可愛いよ
- 女
- 可愛くないって
- 男
- いや、それは、可愛いよ。本当に可愛い
- 女
- あ、そう
- 男
- うん。可愛い
- 女
- もういいって
- 男
- あ、ごめん
- 女
- うん。あ、でも、ありがとう
- 男
- あ、うん
- ――終わりです。