- 昼さがり、窓際のほうへむかう二人。
- 男
- そういう口実なんですが――ながめがね、いいんですよ。ここ。
- 女
- となり、座りますね。
- 男
- 席、空いていてよかった。
- 女
- 明日からなんですね。床びらき。
- 男
- そう。だから、今は川が流れているだけやけど。
- 女
- ひと月前は、花いかだを目にするくらいだったのに。
- 男
- 見ごろは通り過ぎてしまったね。
- 女
- お花見はされたんですか?
- 男
- しなかったね。忙しくて、それどころじゃ。
- 女
- みじかいですからね。花のいのちは。
- 男
- すぐに老いぼれてしまうからね。ぼくも――いつから、この世界に入ったの?
- 女
- 十代のときですね。
- 男
- 早いね。
- 女
- 遅いですよ。だって、まわりは、
- 男
- そんなに、生き急がなくていいですよ。あなたは。
- 女
- 上の人たちが見ている場所を、わたしも見たいんですね。
- 男
- ぼくも――死ぬまでに出世できるのか。
- 女
- 下の世代を、どう見てるんですか?
- 男
- 眼中に入ってるんかな。先行きは明るいですか?
- 女
- 見えなくて怖い――?
- 男
- 暗いから?
- 女
- 後ろ暗いから? 未だに目を光らせてる人たちもいますし。わたしたちに。
- 男
- どうして?
- 女
- 目ぼしいオスをとられた彼女らの眼ざしは、いつだって群れをなすんです。
- 男、窓の外へ目をやると、
- 男
- 動物じゃあないんだから。
- 女
- 水入らずの夜が、
- 陸地の生き物が飛び込んだのか、
- 女
- あったじゃないですか――
- 水しぶきがあがる。
- 女
- 生温い風が吹いていて、汗ばむんですね。春はおろか、
すでに夏が始まろうとしているから。
肌身はなさずにいた厚化粧もはがれて、
色うつりまでして。冷えるのに薄い布、つぎあわせた服を着ている。
ついた染みは鱗のようにはならなくて、
- それとも、魚が跳んでいたのか。
- 女
- ――こいは、どこまでのぼっていくんでしょう。
- 男
- ぼくらの話?
- 女
- みじかいですからね。花のいのちは。
- 男
- あれは、ほんとうに「こい」だったのか――?
- 女
- 梅雨に濡れたって、潤いはとりもどせないんです。
- どこからか、雨のにおいがしてくる。しめきった窓。
- 男
- ――湿っぽくなってきたな。
- 女
- いつまで、降られるんですかね?
- 男
- どこかで、雨宿りをしませんか?
- 女
- ながめ――がね、よかったのになって。行きたい場所があって、
- 男
- ここからは遠いですか?
- 女
- 席、空いてていいのになって。
- 男
- どこも埋まって――ないですよ。近場は。
- 女
- 来ませんか? うちに。
- 男
- ――その話、
- 立ち往生しているのは行き場を失った暗雲ではなく、いつしかの夜である。
- 女
- 寝ても醒めても、覚えているんです。わたしは。
- 男
- ぼくだって、起きれば忘れないんですよ。
- 女
- 尾ひれはひれをつけるつもりはなくて。でも――
- 女、むこう岸を見つめ、
- 女
- 零れてしまうんですね。浅ましい言葉が。
- 男
- どこへ行きたいの?
- 女
- どこから来たかといえば、後ろからです。
- 男
- 前じゃなく?
- 女
- あの日、目の前の人にふりむいてもらえなかった。
- 男
- 次がありますよ。あなたは、ぼくより若いんだから。ずっと。
- 女
- さかのぼる――って、罪深いですか?
- 男
- 一杯、注文しますか?
- 女
- お茶を濁さないでください。
- 男
- 飲まないの?
- 女
- 飲まれるんですか?
- 男
- いつも、昼間から酔いにかかる体たらくなんでね。四十も半ばだというのに。
- 女
- 三軒目が、うちでしたもんね。
- 男
- 二人でね。
- 女
- あの川をね。どこまで、あがっていけるのかなって。
- 男
- 来た道だけ、くだっていったね。
- 女
- いってしまえば、おしまいだって。でも、込みあげてきてしまって。
- 男
- ぼくは、途中で水がほしくなって。
- 女
- だから、喉をつまらせるんですね。口があるのに、息もできなくなって。
- 幕