- ナレーション
- 時は元禄。師走も終わりにさしかかったある夜の、五ツの鐘が鳴り響いたころ。 br>播磨国は稲荷橋のたもとに、一組の男女が相まみえておった・・・。
- おしの
- よくおいでくださいました、佐伯左衛門丞さま。
- 左衛門丞
- おしのどの。この文は何かの間違いでは?
- おしの
- 間違いではありませぬ!あなたさまは私の兄、勘解由を殺したのです!
- 左衛門丞
- 誤解である!
- おしの
- あの晩、兄があなたと一緒にふぐを食べに行かなければ・・・!
- 左衛門丞
- あれは勘解由殿にだけ、ふぐがモロに当たって・・・。
- おしの
- あなたが毒をもったのでしょう!
- 左衛門丞
- 誤解である!
- おしの
- 黙りませい!今宵、兄の仇を打つ!お覚悟!
- おしの、刀を振る。
- 左衛門丞
- 見事な太刀筋。女宮本武蔵とでも言おうか。
- おしの
- 私は田川流小太刀術を修めております。遠慮は無用です。
- 左衛門丞
- かくなる上は仕方ない。(刀を抜く)決闘とあらば、手加減しませんぞ!
- おしの
- 望むところ!たあ!
- 再びおしのの小太刀が宙を舞う!
- 左衛門丞
- うっ!
- おしの
- ああっ。お怪我ありませんか?
- 左衛門丞
- えっ?大事ない。片袖が切れただけのこと。
- おしの
- よかった。
- 左衛門丞
- これは異なことを。
- 二人
- ・・・
- おしの
- 何でもありませぬ!参る!
- 二人
- たあ!
- 刀がぶつかる音!
- おしの
- うっ。
- 左衛門丞
- すまん!ちょっと当たり申したか?
- おしの
- いいえ。
- 左衛門丞
- おしのどの。・・・先程から、なんと美しい瞳だと思っておるのだが。
- おしの
- わたくしもでございます。
- 二人
- ・・・。
- おしの
- 兄の仇!!
- 刀がぶつかる音!
- おしの
- なぜあなた様を見ると胸がどきどきするのでしょう・・・。
- 左衛門丞
- それはこちらも同じこと!
- 二人
- やあ!
- 刀がぶつかる音!
- 左衛門丞
- 今度、浄瑠璃でも見に行かんか!
- おしの
- ちょっと考えてみます!
- 二人
- たあ!
- 刀がぶつかる音!
- 左衛門丞
- 考えたか!
- おしの
- ハイ!行きましょう!
- 左衛門丞
- おしのどの!
- おしの
- 左衛門丞さま!
- ナレーション
- こうして、恋の力で仇討ちは終わりを告げた。
- おしの
- あの。
- 左衛門丞
- なんじゃ?
- おしの
- もういっそ、祝言をあげませぬか?わたくしもう19ですゆえ。
- 左衛門丞
- いや、せめて三年、付き合ってから判断したい。
- おしの
- 三年?わたくし、22になってしまいます。
- 左衛門丞
- いたし方ない。
- おしの
- では22で祝言を?
- 左衛門丞
- それは、わからん。
- おしの
- もしかして、破談になる可能性もあるということですか。
- 左衛門丞
- それは、その時の状況などから全体的に判断したい。
- おしの
- ・・・兄の仇!!
- おしの、剣をふるう!
- 左衛門丞
- またれよ!それは兄の仇なのか!
- おしの
- もうなんでもよい!
- おしの、乱れ打ち。
- 左衛門丞
- (剣を受けて)先程よりもはるかに剣が重い。これはやられるやもしれぬ・・・!強い!
- おしの
- 22でほうりだされても困るのはこっちなのですよ!乙女心をもてあそんだ罰じゃ!
- 左衛門丞、やられる。
- 左衛門丞
- (断末魔)
- おしの
- 兄様・・・。仇は打ちました。
- ナレーション
- こうして、仇討ちだかなんだかよくわからないものは終わった。その後おしのは、好みではないが br>堅実な男と祝言をあげ、「結婚ってこんなものっしょ。」と友達に語ったという。 br>現代にいたるまで、男女とは、そして結婚とは、なんと難しいものであろうか・・・。
- 終わり。