夜景の見える静かな丘。
虫の声。あるいは感傷的な音楽。
二人は、まるで別れ話のように。
わざわざ来てもらったのに。ごめん。
もう、本当に、……ないんだ?
ごめん。
ねぇ、最後にさ、順番に、思い出してみない?
……うん。
初めて出会ったのは、大学の、掲示板の前だったよね。
時間割を眺めてて。そのときは、大人しそうな子だなって思って。
あのとき、シンペイはヒロくんと一緒にいたよね?
そう。サオリはたしか、マコちゃんと一緒にいた。
で、ヒロくんとマコちゃんはもう友達になってたから。
それで、なんとなく、その四人で話すようになって。
いつからだっけ。あたしのこと、サオリって呼ぶようになったの。
最初は「山本さん」だったけど、ヒロもマコちゃんもサオリって呼んでたから、
いつの間にか、僕もサオリって呼ぶようになって。
あたしがシンペイって呼ぶようになったのは……、
それは覚えてる。初めて二人で飲んだとき。
え、学生通りの焼き鳥屋さん?
そう。あのとき、少し酔ったサオリが、急に、シンペイって。
思ってたよりも、よく喋るし、よく笑うし、それに、よく食べるし。
それで、いい子だなって思って。
また誘ってくれたんだよね?
今度は、デートのつもりで。
あたしも、男の子と二人で水族館に行くのなんて初めてで。
正直、ずっと緊張してて。
マンボウを見て、二人でやっと笑ったのを覚えてる。
それで、次のデートで告白しようって決めて。
その決意に気がつきながら、あたしは、すました顔してて。
コクリコ坂を観た帰り、駅のホームで告白したんだ。
そしたらちょうど、電車が通過してね。
「ごめん、なんて?」って言われて。
あはは。
それからの毎日は、ずっと楽しくて。
いろんなところに、二人で出かけて。
男、涙声になり始める。
大学を卒業して、就職もして。
目の前の景色がどんどん変わって、それでもサオリが、隣にいて。
うん。
これからもずっと一緒にいたいと思ったから。
うん。
今度は、電車にかき消されないように。
素敵な夜景の見える丘に。
誘ったんだけど。でも、もう…。
うん。
忘れないように、玄関の靴箱の上に置いてあったんだ。
うん。
出かける前に、服を着替えて、胸ポケットにしまって、靴を履いて。
うん。
靴を履いたときに胸ポケットから落っことして。
うん?
ここじゃ危ないから、絶対に落とさないところに入れて持っていこうと思って。
うん!
トッ、トッ、トランク! ああ、トランクだ! トランクに入れて、迎えに来たんだ!
男、車のトランクを開ける。
なくしてたもの、見つかった?
うん。
トランクを閉めると、一切の音がやんでいる。
……静かだね。
結婚してください。
END