- 女
- 起きたての私は、目にぼんやりと映る天井を確認してからごろりんと横になって、ギリふかふかの枕に右の頬を埋める。枕には金木犀の香りがするちょっと高いシャンプーの香りがちょっとしゅんでいる。このままゆっくり目をつむりたい。けど、ちらりとカーテンの隙間から陽の光が私の右目を照らして、ああ、今日は洗濯日和だ。そう確信したのに
- 男
- 起きた?
- 女
- うん
- 男
- イビキかいてたで
- 女
- 『そう?』なんて、私はちょっとだけムッとしちゃったことを隠したいのか、心にもないようなあるような、そんな生ぬるい返事をした。お前に現実を目に物見せてやる。『ねぇ』
- 男
- ん?
- 女
- 結婚。昨日、したな
- 男
- したな
- 女
- 嬉しくない?
- 男
- 『何?』って少し照れくさくなって枕に左の頬をちょっと埋めると、なんだか僕の耳の裏から滲んだらしい、おじさん臭い香りってこういうものか、って香りが枕にしゅんでるなって、産まれてはじめて感じてしまった気がした、からかどうかはわからないけど、僕は起き抜けのタバコの味が恋しくなって。『タバコ吸ってくる』
- 女
- 『うん。』ってそっけなく伝えたあと体を彼から背けて左の頬を彼の枕に埋めると。『あ。』
- 男
- ん?
- 女
- おじさん
- 男
- は?
- 女
- いま、めちゃおじさんの匂いした
- 男
- 『いやまだ33や。』と言って、二人の体温であったまった布団から抜け出し足を床に置いた。
ひやっとする
- 女
- おじさんになっていくんか。おもろいな
- 男
- え?
- 女
- だって、おじさんって他人やと思ってたもん。一番近い人がおじさんになるって、
おもろくない?
- 男
- お前もおばはんになるやからな
- 女
- うける
- 男
- 起きる?ならコーヒー入れるけど
- 女
- ねぇ
- 男
- ん?
- 女
- イビキ、嫌やった?
- 男
- おもろかった
- 女
- は?
- 男
- いろんな音するし。ピプー!とか、ズズ!とか、ぐむむ、とか(笑う)
- 女
- うそ
- 男
- 6時ぐらいから聞いてた
- 女
- 起こしちゃった?
- 男
- うん
- 女
- ごめん
- 間
- 男
- くさかった?
- 女
- 気にしてんの?
- 男
- まぁ
- 女
- 言ったやん。おもろいって
- 男
- ならええけど
- 女
- 私、カフェオレがいい
- 男
- あれ?そうやっけ
- 女
- カフェオレ入れてくれたら、枕洗濯してあげる
- 男
- やっぱ臭いんやん
- 女
- 使ったらあかんって言ってたシャンプー、使っていいよ
- 男
- あれ高いやろ?
- 女
- 枕何回も洗うの面倒やし
- 男
- ・・お前の枕貸して
- 女
- なに
- 男
- (枕を取り上げ、嗅ぐ)」ああ。ええ香り。よし。風呂入ってくる
- 男、寝室を出る。シャワーの音。
- 女
- 枕洗っとくな
- 女、男の枕に顔を埋めてしっかり匂いを吸い込んで。
- 女
- しゅんでくんだねぇ
- 了