- 男
 
        - ぼくの彼女はいつも音楽を聴いている。最近、バイトで貯めたお金で、
            ワイヤレスの白いイヤフォンを買ったらしくって、とにかく、得意げだ。 
        - 女
 
        - コードがないんだよ。すごいと思わない?
 
        - 男
 
        - どうかなあ、すぐ失くしそうじゃん。
 
        - 女
 
        - あんたはね。あたしは絶対無くさない。ピアスみたいに大事にするんだから。
 
        - 男
 
        - ピアスの穴は、高校生になってからすぐに開けたらしい。最初はうまくいかなくて、
            両耳にばんそうこを貼ったまま、入学式に出たそうだ。ぼくは、そんな彼女を知らない。 
        - 女
 
        - 朝起きたら、携帯の充電をチェックして、ご飯を食べて、制服に着替えて、イヤフォンをつけて、
            靴をはいて、鍵をしめたら、音楽スタート!  
        - 男
 
        - 一曲目は?
 
        - 女
 
        - 小沢健二のアルペジオ!3分42秒!
 
        - 男
 
        - 途中でしゃべるやつだよね。
 
        - 女
 
        - それがいいの。ずんずん駅まで歩いて、ちょうど終わる頃に
 
        - 男
 
        - 改札抜けたら、つぎの曲?
 
        - 女
 
        - うん。ごったがえすフォームに立って、鳴り始めるのは蓮沼フィルの、the misson!
            イントロ超えて40秒あたりに、電車が到着。ドアがあく。
            事故さえなかったら世界はシステマチックなんだよ。今朝なんてぴったりだったんだから。
            一駅すぎて、二駅目の扉があくときに、 
        - 男
 
        - つぎの曲になる。
 
        - 女
 
        - そう。初代ゴジラのメインテーマ。なりひびく低音とともに、現れる2年3組の上層部、
            おしゃれ女子軍団! 朝からかわいい!すんごい迫力!そして、そのつぎの駅で、 
        - 男
 
        - ぼくが乗りこむ。
 
        - 女
 
        - うん!
 
        - 男
 
        - いったいなんの曲がかかるの。
 
        - 女
 
        - 言わない!
 
        - 男
 
        - なんで!
 
        - 女
 
        - うるさい!さあ、つぎの駅は、あたしたちの学校のすぐ近くよ。電車がつく。
 
        - 男
 
        - 僕らはおりる。
 
        - 女
 
        - ぴったりのタイミングで、つぎの曲が始まる!
 
        - 男
 
        - つぎの曲はなに?
 
        - 女
 
        - はい!
 
        - 男
 
        - と、彼女は片方のイヤフォンを渡してくれる。流れてくるのは。
 
        - 音楽が始まる。くるり/言葉はさんかく、こころは四角 etc?
 
        - 男
 
        - おはよー。おはよー。とクラスメイトが通り過ぎてく。片方の耳でぼくらはちゃんと返事する。
            なるほど、ワイヤレスっていいかもしれない。僕ら、少し離れて歩いても、
            ちゃんと音楽は続くんだ。 
        - 女
 
        - じゃ。
 
        - 男
 
        - と僕らは別々の教室へ。
 
        - 女
 
        - なくさないでよ!
 
        - 男
 
        - と彼女は言う。耳から外したイヤフォンを、ぎゅっとにぎって、なくさないよと
            ぼくは答えるんだ。 
        - おわり。