- 午後10時、天六交差点。自動車の行き交う音の中に、明里の溜息が聞こえる。
- 明里
- 俺は何のために生きているのだろう・・・。会社帰り、天六交差点で俺はいつも考える。そして、味気ない夕食をとるため、ファーストフードの店に立ち寄る。窓際には行き場のないサラリーマンたちが並んでいる。俺もその一人。隣に座っているOLは、本を読んでいた・・・。
- 桑井出
- (小さく笑う)
- 明里
- ・・・面白い本でも読んでいるのだろうか・・・?
- 桑井出
- (かわいらしく笑っている)
- 明里
- 俺は彼女の横顔をそっと見た。28くらいだろうか?上品な横顔だ。
- 桑井出
- (笑っている)
- 明里
- 癒される・・・。
- 桑井出
- (少々下品な笑い)
- 明里
- 癒されなくなってきた。
- 桑井出
- (人目もはばからない笑い声)
- 明里
- よっぽど面白い本なのか・・・?
- 桑井出
- (本を閉じて)あー、つまんなかった。
- 明里
- じゃあなんでそんなに笑ったんだ・・・。まあいい。俺はポテトをかじり、
 女は別の本を読みだした。
- 桑井出
- (忍び泣き)
- 明里
- えっ・・・?
- 桑井出
- (すすり泣き)
- 明里
- 泣いてる・・・。悲しい本を読んでいるのか・・・?
- 桑井出
- (泣きながら)大根は・・・2~3センチに切り、エビはつぶしてたたく・・・! 
- 明里
- 料理の本?(見て)「10分でできるあっさりおかず」。料理の本?!
- 桑井出
- (大泣き)
- 明里
- ちょっとちょっと!!
- 桑井出
- えっ。
- 明里
- あっ。ええと・・・なんで泣くんですか?それ料理の本ですよね?
 料理の本に悲しみってありましたっけ?
- 桑井出
- ・・・エビがかわいそうになってしまって・・・。
- 明里
- ああ、なるほど。
- 桑井出
- つぶしてたたくなんて・・・!
- 明里
- なんて心の美しい人なんだ・・・。
- 桑井出
- いえ、そんな。
- 明里
- あっ、腕に蚊が止まってますよ!
- 桑井出
- おら!(たたく)
- 明里
- そこは叩くんかい!ああ、すいません、つい大阪弁が・・・。
- 桑井出
- いえいえ。よく言われるんです私、支離滅裂だって。多分私の中に、
 たくさんの人格がいるからだろうな。
- 明里
- えっ、そうなんですか?
- 桑井出
- まさか。
- 明里
- ウソなんかい!ああ、また(大阪弁が)!
- 桑井出
- うふふ。漫才って楽しいですね。
- 明里
- 漫才?僕はいつの間にか漫才に巻き込まれていたんですか。
- 桑井出
- そのようです。
- 明里
- まいったなあ。
- 桑井出
- 参りましたね、明里さん。
- 明里
- どうして僕の名前を?
- 桑井出
- 毎朝フジサワビルのエレベーターで一緒になりますよ。
- 明里
- えっ。もしかして会社、同じビルですか?
- 桑井出
- そのようです。同僚の方と一緒にのってらっしゃったとき、明里さんて呼ばれてたから。
- 明里
- そうだったんだ。
- 桑井出
- 本当に毎朝一緒になるんですよ・・・
- 明里
- 不思議ですね。
- 桑井出
- それは、私があなたのストーカーだから。
- 明里
- えっ・・・???
- 桑井出
- うへへへ!!
- 明里
- うわあ!
- 桑井出
- ウソですよ。
- 明里
- ウソなんかい!ああ、また!!
- 桑井出
- ウフフ。
- 明里
- 次の日、エレベーターで、ほんとに彼女に会った。そして一年後にはなぜだか結婚していた。
 プロポーズした覚えもないのに、結婚していた。不思議なこともあるものだ。
- 終わり。