- 男
- いやー、いいもんだったな。勇者様と姫様の結婚式。
- 女
- ねー、ほんと、素敵だった。
- 男
- 魔王を討伐した勇者様の帰還。いやあ、カッコよかったなー。
- 女
- お姫様も、すっごいキレイだった。
- 男
- これで、やっとこの村にも平和が訪れたな。
- 女
- ほんと、洗濯物も魔物に汚されずに済むわ。
- 男
- 勇者様と姫様も、これからは末永く幸せに暮らして欲しいもんだ。
- 女
- はぁーあ。
- 男
- なんだよ、その溜め息は。
- 女
- ん? 勇者様、カッコよかったなーって。
- 男
- そうだな。やっぱり、体つきからして、勇者って感じだったな。
- 女
- それに比べて……。
- 男
- ん?
- 女
- あんたさ、最近、太ったんじゃない?
- 男
- いやいやいや、勇者様と比べてどうするんだよ。
- 女
- 別に勇者みたいになれとは言わないけどさ。
- 男
- そんなこといったら、お前だって姫様とはえらい違いだぞ?
- 女
- お姫様と比べないでよ。
- 男
- お前が勇者様と比べたんだろう。
- 女
- だから、あんたも少しくらい身体を鍛えなさいよ。
- 男
- 鍛えたところでお前、勇者様みたいにはなれないだろう。
- 女
- 勇者みたいになれなんて言ってないわよ。
- 男
- 言ってるだろ。
- 女
- 少しくらいって言ってるでしょ、話を聞きなさいよバカ。
- 男
- お前だって、じゃあ、その言葉遣いやめろよ。姫様の気品を見習えよ。
- 女
- こういうのは生まれ育った環境でしょう。仕方ないじゃない。
- 男
- 大体お前、俺が勇者様みたいになってみろ。恥ずかしいのはお前だぞ?
- 女
- なによ。
- 男
- そんなお前、お前の見た目と話し方で。勇者様の隣にいられるわけないだろう。
- 女
- そんなのお互い様じゃないの。あたしがお姫様だったらあんたなんか分不相応よ。
- 男
- そういうのは姫様みたいになってから言えよ。
- 女
- こっちの台詞だし。バカじゃないの。
- 女、ゴキブリを発見する。
- 女
- ぎゃあ! うわぁ! ゴキブリ!
- 男
- えっ。
- 女
- ゴキブリ、ゴキブリ! ちょっとあんた、新聞紙!
- 男
- お、おう。お前な、その驚き方もな、
- 女
- 早くしてよ。
- 男
- お前な、その驚き方もな、姫様とは程遠いぞ。
- 女
- いいから、退治して! 気持ち悪い! はい、勇者! ほれ!
- 男
- ったく、ゴキブリくらいで……。
- 女
- 早くしてよ。なんなのよ、そのへっぴり腰。
- 男
- へっぴり、バカ、間合いをはかってるんだよ。姫は黙って見てろ。
- 女
- ゴキブリ一匹でなにが間合いよ。早くしてよ。はい、ほら! 早く! バシッと!
- 男
- お前な、勇者の魔王討伐にお前みたいなやつがいたら、もう作戦が…、
- 女
- どこが魔王よ、ゴキブリじゃないの!
- 男
- そのゴキブリに飛びのいたのはお前だろ。
- 女
- あんただってビビってるじゃないの! がんばれよ勇者!
- 男
- ちょ、姫、うるさい! お前、あっち行って、ちょっと、魔法の準備をしとけ!
- 女
- 魔法?
- 男
- あの、洗濯機の横にあったろ。あの、魔法の。緑色の、魔法の。
- 女
- スプレーのこと?
- 男
- そう、あの、緑色の、魔法のスプレーを準備しておけ!
- 女
- なんでお姫様がパーティーに組み込まれてんのよ。
- 男
- そういうシリーズもあるだろう!
- 女
- いいから早くしてよ!
- 男
- やるぞ…。
- 男、新聞紙でゴキブリを叩く。が、外す。
- 男
- ああ、外した! まずい!
- 女
- いやー! もう! やだ! なんなのよ、一撃で仕留めろよ、勇者!
- 男
- おい、喋ってないで、はやく緑色の魔法を持って来いよ!
- 女
- ああ、もう一般家庭すぎる!
- 男
- それも幸せだって二十年後に気づくから、今はまず殺虫剤をくれ!
- END