- 新潟県立鎌足高校の、一番景観がいいといわれる中庭の隅。そこに茂子は野球部員の栃木を呼び出した。栃木がやってくる。
- 栃木
- あ。
- 茂子
- 栃木くん。来てくれたんだ。
- 栃木
- ・・・手紙、もらったから。
- 茂子
- (小声)恋文だよ。
- 栃木
- えっ。
- 茂子
- ううん。なんでも。・・・すっかり秋だね。こんなに空が高いと、私の声なんて、この空に吸い込まれていっちゃうな。
- 栃木
- ・・・まだ九月の初めで、今日も37度あるけど。
- 茂子
- ・・・さすが栃木くん、ちゃんと天気見てるね。
- 栃木
- いやまあ。
- 茂子
- 甲子園、すごかった・・・。
- 栃木
- あ。でも、三回戦敗退だったし・・・。
- 茂子
- そんなことない。
- 栃木
- いや、実際敗退したし・・・。
- 茂子
- 私の中では、優勝だよ・・・。
- 栃木
- 中重さん・・・。
- 茂子
- へへっ!
- 栃木
- (心の声)なぜか彼女はこの時、背伸びをして、空を見たんだ・・・。
- 茂子
- 私、一生忘れないと思う。一回戦、島根代表おっこと高校との闘い、同点で迎えた九回裏の攻撃。ツーアウト23塁で、栃木くんの打順がきた。カーン!!栃木くんは、ホームランを打った!
- 栃木
- 中重さん・・・。それは、七番の斎藤だよ。
- 茂子
- あれ?そうだっけ?あれ、栃木くんじゃなかったっけ?あれ?
- 栃木
- その時俺はベンチにいたんだけど。
- 茂子
- あ、じゃあ、斎藤くんが栃木くんにそっくりだったのかな。
- 栃木
- ・・・いや、全然顔ちがうけど・・・。
- 茂子
- でね、心に残っているのは、二回戦だよ。九回裏の相手の攻撃。これを守りきれれば三回戦進出。でも場面は、・・・ツーアウト満塁。バッター、痛烈なセンター前ヒット!それを横っとびに取った栃木くん!試合終了!!
- 栃木
- それは・・・6番の中井田だよ。
- 茂子
- えっ?ウソよ!
- 栃木
- ほんとだよ。
- 茂子
- おかしいな。おかしいのは、私の頭かな。へへ。
- 栃木
- (心の声)この時、彼女はまた、背伸びをして、空を見たんだ・・・。
- 茂子
- 私ピッチャーマウンドで戦う栃木くんを隣で支えたいってずっと思ってた。
- 栃木
- 俺、ライトなんだけど。
- 茂子
- あれっ?
- 栃木
- あれっじゃないよ。・・・ん?誰かこっちに来る・・・。
- 茂子
- バスケ部の浜中くん!しまった!もう4時15分だわ!
- 栃木
- どういうこと?
- 茂子
- 栃木くん、今すぐ消えて!!
- 栃木
- どういうこと!
- 茂子
- 私、今から浜中くんに告白するの!
- 栃木
- どういうこと!
- 茂子
- バスケ部は今季、インターハイ準優勝・・・!ねらい目・・・!・・・へへ。
- 栃木
- (心の声)この時、彼女はなぜか猫背になって、薄ら笑いを浮かべていたんだ・・・。
- 茂子
- ああ、そうさ!あたしはイケてる運動部員と何が何でも付き合いたいんだよ!!
- 栃木
- それで次は浜中を?
- 茂子
- 浜中だけじゃないさ!水泳部の佐藤、テニス部の小出、バレー部の吉田も15分刻みに呼び出してある!下手な鉄砲、数打ちゃ当たるさ!!
- 栃木
- なんて女だ!浜中、来るな!!ここに妖怪がいるぞ!
- 茂子
- 浜中くん、行かないで!・・・どうしてくれんのよ!
- 栃木
- 俺と付き合おうぜ。
- 茂子
- えっ??
- 栃木
- 俺も、彼女がほしいと思ってたんだ。
- 茂子
- あたしでいいの?
- 栃木
- 女ならだれでもいいのさ。
- 茂子
- あたしたち、似合いのカップルね。
- 栃木
- さっそく手をつないで帰ろうか。
- 茂子
- いいわね・・・! そういうこと、してみたかった・・・!
- 栃木
- 俺もさ・・・!
- 二人、笑いながら去る。
- 終わり。