- 二人同時に
- 女
- (私は、パッとしない工場に勤める、パッとしない作業員です。)
- 男
- (僕は、パッとしない工場に勤める、パッとしない作業員です。)
- 二人
- (でも、最近気になる人がいます。)
- がやがやと社員食堂の音
- 男
- …あのー、ここ大丈夫ですか?
- 女
- あ、はい。あ!…お疲れ様です…。
- 男
- あ!お…お疲れ様です!
- がやがやと食堂の音、しばし間。
- 男
- あ、あの!…何、食べてるんですか?
- 女
- あ…た…卵サンド…
- 男
- あ、卵サンド!いいよね~卵サンド!僕も卵サンド好きなんですよ。
- 女
- あ…た、卵サンドいいですよね~
- 男
- ……す~…よね~!
- 女・男
- ……
- 男
- (どどどど…どうしよう!?思いきって話しかけてはみたものの、完全に手詰まりだ!
考えろ!考えろおれ!話をひろげるんだ!たまごー…たまごー…)
- 男
- あ!た…卵の…黄身と白身、どっちが好きですか!?
- 女
- え。
- 男
- (ううおぉ~!しくったあぁぁ~!遠足の小学生のような質問をしてしまったああ!
あほだと思われる!ほら見ろ、彼女も困ってる。どうする?撤回するか?
いやちょっと待て、慌ててボロをだすより、ここは落ち着いて相手の出方を待とう。
大人の男がふと垣間見せたお遊び感を演出するんだ。)
- 女
- 黄身と…白身…?
- 男
- そう、黄身と白身。
- 女
- (ええええ~!?どうしよう~!黄身か白身!?これ、試されてるよね!?
ここは完全に合わせていきたい!落としたくない、この問題!でも考えたことないし、
そんなこと。だいたい一緒に食べるよね、黄身と白身って。あああ~もう、変な質問!
そうだ、ここは無難に大人の女の対応で…)
- 女
- えっと、ど…どっちも美味しいですよね。
- 男
- あ、そう!そうですよね!
- 女・男
- あははははは…
- 女
- (…しまった。そういうことじゃないんだ。
こういう通り一辺倒の会話をしたいんじゃないんだ、
彼は。どうしよう、このままではつまらない女だと思われる。それは全力で回避したい!
大丈夫、まだイケる。もう一歩踏み込んだ返しをするんだ!)
- 女
- あの!
- 男
- はい!
- 女
- せっ…
- 男
- せ?
- 女
- せ…世界から!黄身か白身しかなくなるとしたら、どっちとりますか?
- 男
- は。
- 女
- (きゃあああ、引いてる!どうしよう。間違った?方向間違った?もういくしかない、
このままちょっと不思議な大人女子を演じるしか…!)
- 女
- パンデミックがおきて!…そういうことになったんです。
- 男
- あ…はい。…えっと…
- 男
- (思ったより掘り下げてきた。どうしよう?パンデミックおきちゃったし!
…いや、ここまで彼女を追い込んだのは僕だ。僕が悪い…。
策士策に溺れるとはこのことか。彼女はどっちなんだろう…。
これは絶対こだわりがあるはず、黄身か白身…。うーん…。
正直どっちでもいい。考えたことない。
…ていうか、何その世界?そんな世界いやだ!
ええい、ままよ!)
- 男
- たまごは…し…
- 女
- し?
- 男
- き…
- 女
- き?
- 男
- し…しみ!
- 女
- …しみ?
- 男
- あ、いや、違くて!あの、
- 女
- しろみ?
- 男
- いや、きろみ!!
- 女
- きろみ?
- 男
- いや、あの!
- その時、突然チャイムが鳴り、「エーゲ海の真珠」が響き渡る。
と、同時に機械的な女のアナウンスが放送される。
- アナウンス
- 午後の作業開始5分前です。事故は午後に多く発生いたします。
心を引き締めて作業準備にかかりましょう。
- アナウンス終了。薄くBGMはかかっている。
- 男
- あ、行かなきゃ
- 女
- ホントだ
- 男
- あ、じゃあ、また
- 女
- あ、はい、すいません!また。
- 男
- はい、すいません。失礼します!
- ばたばたと弁当をしまったり、部屋を出る音、廊下を歩く足音。
- 二人
- はあー…。明日は上手くしゃべれるかなあ…
- 了