- 番頭
- さりとて、よくもまあ、そんな嘘、お付きになったもんや。君ちゅう人は。
- 盗人
- 番頭はん! どうぞ勘弁しておくれやす。
- 番頭
- あかん。
- 盗人
- 番頭はん!
- 番頭
- 真実はこうやな。腹はへったが、金はなく、それでつい、わしの目を盗み、
 君は売りもんの饅頭を食うてしもた。
- 盗人
- すんまへん!
- 番頭
- さりとてや、そのあとが、かなわん。君は嘘をついた。
- 盗人
- く・・・。
- 番頭
- なんや、なんちゃうて嘘ついた。もっぺん言うてみ。
- 盗人
- 勘弁してください。
- 番頭
- あかん。聞きたい。もっぺん聞きたい。ほれ、言うてみ。
- 盗人
- く・・・。ま、饅頭に、
- 番頭
- ほう饅頭に。
- 盗人
- 足がはえて、
- 番頭
- 足が。
- 盗人
- 手もはえて。
- 番頭
- 手も! はー、えらいこっちゃ。で。
- 盗人
- 毛もはえて、
- 番頭
- 毛も!ふさふさか。
- 盗人
- ふさふさで金色です。
- 番頭
- そらすごい。そうなるとあれか、まるで黄金の毛玉やな。
- 盗人
- 毛糸の帽子の一番てっぺんについてるような
- 番頭
- ああ、ああ、目に浮かんだで。それでどないした、その黄金の毛玉は。
- 盗人
- ビューと走っていきよりました。
- 番頭
- 追いかけたか。
- 盗人
- 追いかけました。店をでて、町内をかけめぐり、山をこえ、海をこえ。
- 番頭
- 海! 君、どないして追い掛けたんや。
- 盗人
- 泳いで。
- 番頭
- ほう、泳いで。饅頭はどないした。泳いだか。
- 盗人
- いえそれが、饅頭はまるで飛び石のように、海のうえをびゅーん、ぴゅーん、
 走っていきよるんです。
- 番頭
- おお、おお、目に浮かんだで。まっすぐ伸びる水平線に、黄金の饅頭が跳ねて跳ねて、
 キラキラ輝いとる。
- 盗人
- さすが番頭はん!その通りです!それはそれは見事な景色でした。
- 番頭
- それで、どないしたんや。
- 盗人
- スペインまでたどり着きました。
- 番頭
- スペイン!!まさかのあれやな、闘牛場やな!
- 盗人
- その通りです! 赤いマントを翻す闘牛士たちが舞い踊り、鼻息もあらく牛たちが、
 土埃舞い上げて!
- 二人
- オ・レ!
- 盗人
- 上陸したあっしは、ばっとマントを奪い取り、跳ねる黄金の饅頭をはっ!と包み込みました。
 スタジアムは大歓声。指笛、足踏みが地球をゆらします。
- 二人
- ま・ん・じゅ!、ま・ん・じゅ! あははは。
- 歓声。
- 番頭
- おお、歓声が聞こえてくるで。
- 盗人
- 偉大な黄金の饅頭は、いま、スペインの闘牛場で、まるで太陽のように、
 あがめ祀られております。・・・そやさかい、もう、ここ日本には・・・。
- 番頭
- ああ・・・(番頭は楽しかった)。もしもわしに娘がいたなら、
 君みたいな男とデートの一つでもさせてやりたい。
- 盗人
- え?
- 番頭
- それくらい、他愛ない話を一所懸命できるんはえらいっちゅうことや。
 はー、楽しませてもろたで。
- 盗人
- 饅頭の代金は。
- 番頭
- 君の嘘でいただいた。なあ。今度は、正々堂々と嘘つきにおいで。楽しみにまっとるで。
- 盗人
- ・・・はい!おおきに!
- おしまい。