日が暮れかかる。人はねぐらに急ぐときだが、俺には帰る家が無い。ふと足元に目をやると、
自分の左足の小指から、一本の細い糸が伸びているのに気がついた。
……運命の赤い糸、という伝説を聞いたことがある。俺は深く考えることもなく、
その赤い糸が伸びる方向へと、歩み始めた。
足音。
どのくらい歩いただろうか。突然、赤い繭が俺の眼前に現れた。
タマゴのような形をしているが、うっすらと人型にも近いように思える。
あのー、すいません。
ひゃっ! えっ、あっ、な、なんでしょうか。
……何をしているんですか。
な、な、なにをしているって、あたしは……。
なにか、お困りですか。
いえ、困っては、おりませんが。
女を包む赤い繭は、俺の左足の小指と繋がっていた。俺は、そのことを女に告げた。
そう、なんですか。
あの、あなたは、いつからそこに。
いつからって、そんなこと、急に聞かれても。
そこから、出たくはありませんか。
出たくはないかって、そんなこと、急に言われても。
俺は、自分の左足の小指から伸びる赤い糸を、引っ張ってみた。
しゅるしゅるしゅる。
あの、何をしているんですか。
あなたの繭をほどいています。俺の左足から伸びる赤い糸を引っ張って。
ど、どうしてそんなことするんですか。
どうしてって、だって、つながっているから。
や、やめてください!そんな、突然やってきて、繭を、ほどかないでください。
……すみません。
あたしの家が、なくなってしまうじゃないですか。
そこは、あなたの家なんですか。
ここがあたしの家かって、そんなこと、改めて聞かれても。あなたの家は、どこですか。
……俺に、家はありません。
そうですか。
はい。
申し訳ありませんが、ここに招き入れることはできません。
ええ、それはもちろん。
旅に出てはいかがですか。
旅?
あたしの繭に触れないでください。あたしの繭があなたと繋がっているのなら、
あなたが遠くに行けば行くほど、あたしの繭はほどけていきます。……そうしてくださいな。
俺が遠くに行けば行くほど、あなたの繭はほどけていく。
あなたは、歩いていくべきです。だからきっと、その赤い糸は、手ではなくて、
足から伸びているんだと思いますよ。
足音。
……俺は再び、歩み出した。俺には帰る家が無い。この足の小指から伸びる糸の先も、俺の帰る先ではなかった。しかし少なくとも、俺が歩めば歩むほど、女の繭は細くなり、やがてなくなってしまうだろう。だから俺はきっと、どこか遠く離れた場所で、あの女が暖かいスープでも飲める場所を用意しなければならないのだ。きっと、だから、俺は、歩く。
END