- 女
- うちの街の商店街には、小さな映画館があって、いっつも、古い映画がかかってます。
 ちゃけたチケットブースでは、切れた電球もそのままに、花札並べておっちゃんが、
 のんきにお客さんを待っています。
- 男
- お、雪ちゃん。まっとったで。
- 女
- 暇そうやから客しに来たわ。
- 男
- 今日は何にする。
- 女
- お熱いのがお好き。
- 男
- マリリン・モンローやな。よっしゃ待っとり。すぐ用意するさかいな。
- 女
- 今日も安定のがらんどう。うちの愛する映画館。紺色のシートはボロボロで、
 ところどころにタバコを押し付けた小さな焼け跡があります。
- 男
- 昔のヤクザがな、まあいろいろやりよったんや。
- 女
- いろいろて?
- 男
- いろいろやがな。まずワシのいるチケットブースに万札突っ込んでやな「レザボアドックス
 かけてくれ」言いよんねん。銃の音も叫び声も、映画の中とごっちゃになりよるさかい、
 都合がええんやな。
- 女
- うえええ。
- 男
- うははは。安心せえ。昔の話や。
- 女
- 客席の後ろには、むき出しの映写機。
- 男
- 隠す理由もあらへんしな。
- 女
- フィルムをかけて、光をつけると、白いスクリーンに文字が浮かびます。
- 映画のフィルムが回転し、カタカタとなる。
 懐かしい音楽が聞こえてくる。
- 女
- 何度も見たから、セリフも空で言える。クラスのみんなより英語が得意なんも、きっと、
 映画のおかげやと思う。
- 男
- ああ、ええなあ。映画はええなあ。
- 女
- うん。大の大人が恋をして、ドタバタしてる。おもろい。
- 男
- あはは。恋を知らん子供のほうが、優雅かもしれんな。
- 女
- きっとそうやわ。うち、優雅やわ。
- 男
- がははは。
- 男/女
- お。
- 女
- きゃー。 きたキスシーン。
- 男
- ここやがな。
- 女
- え?
- 男
- おっちゃんのファーストキスは、このシーンやがな。忘れもせん。大学生の頃や。
 勇気ふりしぼって、映画館でやな
- 女
- うえええ。次からこのシーン見たら、おっちゃんの顔思い出してまうわ。
- 男
- うはははは。安心せえ。昔の話や。ワシごっつ男前やったんやぞ。
- 女
- 知らんがな。
- 男
- そらそやな。全部全部、昔の話や。懐かしなあ。
- 女
- 今日も安定のがらんどう。うちの愛する映画館。どうやらおっちゃんは、
 フィルムと一緒に、いろんな思い出も、回しているようです。
- 男
- そんでこのシーンでな、
- 女
- おっちゃん静かに見させて!
- 男
- がはははは。そんでやな、そんでやな・・・
- おしまい。