- 本多
- あれは小学五年生の夏。私たちは家族が寝静まった後、あのお屋敷の前に集合した。
 幽霊が出るという噂の、廃墟と化したあのお屋敷。これは、私と彼だけの、あの夏の、物語。
- 樺島
- お待たせ、本多さん。弟が腐ったカレーを食べたところ、血を吐いてしまってね。
 遅くなったよ。
- 本多
- いいのよ。私も宿題で1+1がどうしてもわからなかったものだから、今来たばかりなの。
- 樺島
- さすが日本で一番アホといわれる本多さんだね。
- 本多
- インクジェットプリンターは、飛ぶと思ってたわ。さあ、行きましょう!
- 樺島
- でもちょっと僕、おびえるなあ。
- 本多
- 勇気だして!このお屋敷に入ったって言ったら、みんな樺島くんのこといじめなくなるよ。
- 樺島
- そうだね!ここに入ったら呪われるなんて皆言うけど、この平成の世に呪いなんてないよね!
- 本多
- あるわ。
- 樺島
- あるの?
- 本多
- 川上くんはここに来てから気が狂ってしまったし、田代君は腕に人面瘡ができたのよ。
- 樺島
- ええっ?
- 本多
- その人面瘡、夜な夜なしゃべるらしいわ。
- 樺島
- なんてしゃべるの?
- 本多
- 明日の天気をしゃべるらしいわ。
- 樺島
- 便利なんだかどうだか・・・。
- 本多
- よし、行くわよ!
- 樺島
- 待って、本多さん!!
- お屋敷に入る二人。恐ろしい音楽・・・。
- 樺島
- ・・・本多さーん。本多さーん。いない・・・。
- 本多
- 助けて・・・
- 樺島
- ああ!巨大な食虫植物に体を半分食べられている!本多さん、僕の手につかまって!
- 本多
- 助かったわ。ありがとう。
- 樺島
- なんだ、このお屋敷は。
- 本多
- さ、行きましょう!
- 樺島
- 行くんかー。
- コウモリの羽音。
- 樺島
- これは、吸血コウモリだ!逃げろ!
- 本多
- きゃー!
- 樺島
- (走りながら)本多さん、大丈夫?
- 本多
- 私は大丈夫だけど、樺島君の背中にコウモリが50匹ぐらい止まってるよ?
- 樺島
- ええ!!
- 本多
- 追い払わないで!記念に写メ撮ってるから!
- 樺島
- わー!!
- 二人、とある部屋に逃げ込み、バタンとドアを閉める。
- 樺島
- 助かった・・・。
- 本多
- いいえ・・・。このドア・・・開かないわ。
- 樺島
- ええっ!
- 本多
- 酸素が薄くなってきた・・・
- 樺島
- 早い!
- 本多
- 私、人の50倍は酸素を吸うの・・・。アホだから・・・。
- 樺島
- アホとは、何か?僕も苦しくなってきた・・・。なぜ開かないんだ。
- 本多
- 呪いよ。
- 樺島
- 呪い?
- 本多
- このお屋敷に住んでいた金持ちの住人はね・・・ひょんなことから全財産を失い、
 この部屋で首をつって死んだのよ。
- 樺島
- どれぐらい前?
- 本多
- 二週間前。
- 樺島
- 案外最近だなあ。本多さん?本多さん!しっかりして!僕、本多さんがいなくなったら、
 生きていけないよ!!ちくしょう!金持ちの霊め!開けろ!
- ドアが勢いよく開く。
- 樺島
- あれっ?
- 本多
- あ、それ、引き戸だったんだね。押してばかりいたわ!
- 樺島
- もう、本多さん!
- 本多
- その夏、私たちは大切なことを学んだ。「押してダメなら引いてみろ」ということわざは
 真実だということ。ことわざって、大事だね。
- 終わり。