- 飛行機が上空を飛んで行く轟音が響く。
- 男
- あれはヨーロッパからの機体ですね。
- 女
- え、あぁ、そうなんですか?
- 男
- もう少しすると南米ヘ向かう便が飛び立ちますよ。
- 女
- そうですか。
- 男
- 初めてですか?ここは。余りお見かけしたことないですね。
- 女
- ええ。
- 男
- 私はね、もう毎日のように来てます。ここの主みたいな感じです。そうそう、
 あの青いやつ見えますか?あれが次飛び立つ便です。今は南風ですから、あそこから、
 あっちに行って、ほら、あの管制塔の方。分かります?
- 女
- はい。
- 男
- そう。で、こちらに向かって飛び立って行きます。
- 女
- 風向きによって違うんですか?
- 男
- ええ、北風の時はすぐそこから飛び立ちます。その方が迫力有るんですよ。
- 女
- へぇー。…あれ、南米行きですか。遠いですよね、行ったことあります?
- 男
- ないです、ないです。南米どころか、海外なんて一度も。
- 女
- あぁ、そうなんですか。
- 男
- あ、今、飛行機に乗ったことないのに、なんで?って思いました?
- 女
- あ、いえ。
- 男
- でもね、想像すると楽しいですよ。飛行機見ながら、どこヘ飛び立って行くんだろう?
 飛び立った先にはどんな人がいるんだろう?ワクワクします。想像力は無限です。
- 女
- ふふ。」(ト、笑う)
- 男
- あれ、変なこと言いました?
- 女
- いえ、素敵です。詩人ですね。
- 男
- いえいえ、まさか。
- 女
- 想像力は無限ですか。
- 男
- ええ。世界のどこにでもいけます。
- 女
- そうですか。…あたしね、あの飛行機に乗るはずだったんです。仕事でね、
 行くはずだったんです。あるプロジェクト任されてて。直前になって、はっきりとした理由も
 聞かされず、そのプロジェクトから外されて。あれ、多分後輩が乗ってます。
 …うまく立ち回るからなぁ、あいつ。
- 男
- 人間関係ですか。
- 女
- そんなとこです。会社も辞めようかなって。でも何か、気になっちゃって。
 かといって出発ロビーにおしかけるほど図太くもなくて、せめてここから見送ったら、
 踏ん切りつくかな。なんてね。…ごめんなさい。変な話しちゃって。
- 男
- いえ、そんなことはないです。
- ジェット機のエンジンが動き出す音がする。
- 男
- ん、あれ?あれあれ?
- 女
- え?どうしました?
- 男
- 風向き、変わりましたね。
- 女
- はい?
- 男
- 北風です、北風。ホントにすごいですよ、こっちからのは。
- 女
- そうなんですか。
- 男
- 吹き飛ばされます。
- 女
- ええ?
- 男
- あ、冗談です。
- 女
- ええ。でも、気持ちは吹き飛ばしてくれるかも、ですよね。
- 男
- ほら、来ますよ。
- 女
- はい。…風向き、変わるんですね。
- 男
- ええ。変わりますよ。きっと。
- ゴーとジャンボ機が飛び立って行く。
- おしまい