- 男
- こうして、召使いの青年とお姫様は、仲良く結ばれることができました。
- 女
- それから、それから?
- 男
- それから二人はいつまでも、幸せに暮らしましたとさ。
- 女
- それから、それから?
- 男
- めでたし、めでたし。
- 女
- えっ、おしまい?
- 男
- おしまい。さ、もうおやすみ。
- 女
- ちょっとお父さん、ふざけないで。
- 男
- えっ。
- 女
- 二人は身分の差を自覚しているの?
- 男
- ああ。自覚しているとも。それでも、二人で協力して、
- 女
- 周囲が反対したのは、反対するだけの理由があったからよ。
 嫌がらせで言ってたわけじゃない。
 育った環境の違いっていうのは、とっても大きいんだから。
- 男
- うん。でも、もうおやすみ。
- 女
- なにより金銭感覚の違いが大きいわよ。
- 男
- あれ、ちょっと母さん、娘が。
- 女
- 絶対苦労するはずなんだから。ははーん、このお話には恣意的な編集が含まれている。
- 男
- 母さん来てくれ、ちょっと娘が。
- 女
- 結婚は人生のゴールではないし、単なる恋愛の果てでもないのよ。
- 男
- 母さん、娘がなんか、名言みたいなやつ言った。
- 女
- 子どもはどうするの? 産んだの?
- 男
- 産まれたさ。
- 女
- お姫様に、育児はできるの?
- 男
- そりゃあ、二人で仲良く、協力して、
- 女
- だって、両親の反対を押し切っての結婚よ? 親の協力は得られないんだから。
 お姫様だって、きっと働きに出なくちゃならないわ。
 召使いから転職したって、収入はたかだか知れているでしょうし。
- 男
- この召使いの青年はね、虫を愛する心優しき男なんだよ。
- 女
- 知ったこっちゃないわよ。コオロギにキスして時給いくらよ?
 油で揚げて食ったほうが栄養になるわ。そもそも味覚だって大違いなのよ。
 二人が同じ食卓を囲むのに、ストレスがないとは思えないわ。
- 男
- そんなことはない。お姫様はね、召使いの田舎でとれる泥のついた山菜だって、
 おいしく調理してくれるんだ。召使いの少ない収入にも嫌な顔ひとつしないで、
 パートに出てくれている。
- 女
- え、そうなの?
- 男
- 母さんはな、ああ見えて社長令嬢なんだぞ。あの頃、俺がビル清掃のアルバイトでな。
- 女
- え、なに? お父さんとお母さんの話?
- 男
- ほとんど駆け落ちだった。だけど、幸せだ。
- 女
- そうじゃなくて、この絵本の続きは?
- 男
- 娘が大学に行きたいって言いだすかもしれないしな。少ないけど、貯金だってしてあるさ。
 たまには、母さんに綺麗な服でも買ってあげたいんだけどな。
- 女
- 別にあたし、大学とか、まだ分かんないし。
- 男
- だけど、そういうところは、あまり見せたくないだろう?
- 女
- え?
- 男
- カッコつけたいじゃないか。そりゃ苦労もするし、辛いことだってある。
 我慢してることなんてたくさんある。でもな、幸せだ。めでたしめでたしって顔で、
 毎日を過ごしてるんだ。父さんと、母さんも。召使いとお姫様もね。
- 女
- なんか、ごまかされてる気がする。
- 男
- 続きが気になるなら、続きが自分に訪れるまで、ゆっくり、おやすみ。
- 女
- ふーんだ。
- 男
- そのときは、編集長になればいい。
- END