- 男
- ゆきさーん。あれ。
- 女
- 庭よ、庭。
- 男
- ああよかった。どう、準備はできたかい。
- 女
- ええ。それに今日はいつもより調子もいいわ。
- 男
- なによりだ。よし。それじゃあ、今から、魔法をかけるよ。
- 女
- ほんとにやるのね。魔法。
- 男
- ほんとにやりますよ。魔法。
- 女
- 最後の魔法は、あれね、20年前。東京を地震から守ったとき。
- 男
- そう。大変だった
- 女
- あなたったら地面から都会まるごと浮かすんだもの。
- 男
- たったの1センチね。
- 女
- そう。1センチ。命がけの魔法は誰にも気づかれなかったけど。
- 男
- それでこそ魔法じゃないか。君が知っててくれたらいいんだ。
- 女
- それで、何するの。
- 男
- そうだね。楽しみにしておいて。
- 女
- ええ。楽しみ。
- 男
- さあ始めよう。
- 風が吹きはじめる。魔法が始まる。
- 女
- ・・・始まるわね。
- 男
- うん。ちゃんと、見といてくれよ。昔みたいに。
- 女
- ええ、見逃さないわ。
- 男
- きっとこれが最後だから。
- ざわざわざわと音がする。鳥がなく。
 声が微妙に若がっていく。
- 女
- あ、緑が芽吹く。庭の花が咲いていくわ。蕾がひらいた。
- 男
- うん。
- 女
- 蝶が舞う。黄色に青。あなたの魔法はいっつも色を連れてくる。
- 男
- うん。
- 女
- わたしこの瞬間がいつも好きよ。ワクワクする。
- 男
- うん。そう言ってくれる君が、僕は好きだな。
- 声が聞こえる。
 家に活気。
- 男
- ほら、ゆきさん。庭から家の中をみて。扉が開くよ。
- 女
- あ、まあ。あれはあたしね。娘時代の。
- 男
- そう。それから、
- 女
- あ、あれはあなた。出会った頃ね。わたしたち若いわ! 
- 男女
- それから。
- 女
- 父さんと母さん! 学校の先生! 小学校の。
 まあ、同級生もいる!はるちゃん! ももちゃん! みんな!
 もう会えないみんな。笑ってる。なつかしいわ。
- 男
- うん。
- 女
- ね、みて。みんな踊ってる! 家のなかで! すごい。振りも完璧よ。
 でもおかしい。あの人たち、あんなに踊れたっけ?
- 男
- ははは。魔法だからね。
- 女
- もしかして、あなたの最後の魔法って走馬灯的な、もうじきあたし、死んじゃう的な。
- 男
- そんなことしない。ぜったいしない。  
- 女
- じゃあ、ショーを見せてくれたの。
- 男
- うん。それから、おじょうさん。
- 女
- なあに。おばあさんに、いったいなあに。
- 男
- 踊りませんか。
- 女
- 嬉しいけれど、わたしもう足腰が・・・
- 男
- さあ、どうだろう。
- 女
- ・・・動いちゃうわ! 動いちゃってるわ! 足腰軽いわ! なにこれ、魔法?
- 男
- そうかもしれない。
- 女
- 魔法よ! ほら、ジャンプもできちゃう!
- 男
- じゃ、僕と踊れるね。
- 女
- はい! でも、ねえ、せっかく魔法をかけるなら、おばあちゃんのままじゃもったいなくない? 
- 男
- そうかな。年とった二人が、くるくる踊ってるほうが魔法みたいじゃないか。
- 女
- たしかに。
- 男と女
- あ、扉が開いた。
- 男
- このまま公園にいこう。僕がいけば花が咲くから、君とそこで踊りたいんだ。
- 女
- ええ!
- おわり。